洛陽の花 <短編集>

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 若い頃は二人だけが最良の時間だった。
 今では苦痛しか生みはしない。
 仕事が無くても働かねばならず、若者に混じってコンビニエンスのアルバイトを始めた。
 中堅企業の重役から、エプロン一枚で見知らぬ客に応対する日々。息子と同じくらいの店長に何度も叱られてはもっと愛想を良くしろとなじられる。
 だが、それでもよかった。
 それでもましだ。
 妻と離れることが出来る唯一の時間。
 気持ちが沈むよりも、仕事で体を動かしていたほうが安らぎを感じる。
 いや、沈むならまだいい。
 沈んだ先にどす黒く浮かび上がる負の感情。
 夢の中にまで侵入し、自分を苛ませる悪意。
 そんな考えなどあるはずがないとどれだけ否定しようと、それがさらに明確に鋭く研ぎ澄まされ、いっそう自覚する。
 自分も頭がおかしくなれば、このつらさから救われるのかもしれない。
 だがそうすれば、妻はどうする。
 一人だけでは生きていくことが出来まい。
 矛盾した感情に蝕まれ、最近は深く眠ることもない。
 私はなんて、ひどい夫なのだ。




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