洛陽の花 <短編集>

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 妻は取り立てて美人というわけでもなければ、顔の造作が悪いわけでもない。
 今となればなぜこんな女と結婚したのだろうかわからないくらいだが、一緒になって暮らしてきた年月が、彼女を自分の半身とよべるほど大事なものにしていた。
 口に出すほど勇気が無く、言い逃してしまったが。
 今となっては平気で口に出せる。
 届いているかも分からない、届いていないと確信しているせいかもしれない。
 大学時代にはもっとマシな女と付き合っていたと思うが、今では記憶もおぼろだ。
 ともに二人で歩み、子を育ててきた年月のほうが、そんなうすっぺらな記憶よりもずっと大きい。
 幸せだった頃の思い出。
 何度も触れた肌は黒いしみにむしばまれ、何度も抱いた顔には深い年輪が刻まれている。
 張りのあった胸は頼りなくしぼみ、たるんでしまった尻の筋肉は、昔、真夏の太陽の下で感じた頃のそれとは似ても似つかないグロテスクなものだ。
 どうせ、自分も似たようなものだろう。
 蛍光灯の薄明かりの下、バケツに溜めたお湯で妻の体を洗いながら、私は。ゆるみきった背中に握りしめる。
 指が、めり込むほどに。




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