「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」
七章 悪魔の夜
/ 10 / 黒い雲が、高い空の上を滑ってゆく。その後ろからでてきたのは、円い月だ。目覚めたばかりの俺には、その光はちとまぶしすぎる。 ……天国にも、夜ってぇのがあるらしい。 体を起こす。 「ほっほっほ、お主も悪運が強いのう」 美女の代わりにいたのは、骨張った白髭の爺だ。 「……やべぇ。地獄のほうかよ」 「むぅ」 ”剣帝”は、困ったように髭をこすった。肩に気を失ったファウストを担いでいる。 「あんた……何やってんだ?」 「散歩じゃ」 ホントかよ。 胡散くさげな視線を寄越すが、さすがに動じる気配はない。 「……『LOKI』はどうなったんだ?」 「ふむ。見事に討ち果された。生憎影も形もなくなってしまったがのう」 「見てたんじゃねぇか」 「かっかっか」何笑ってんだよクソ爺。 俺は肩の力を抜いた。 「なぁ」 「ふむ」 「なんで俺、生きてんだ?」 ”剣帝”は俺のほうを見ると、「ふむ…」と呟いて黙り込んだ。 「……生きておることは不服か」 「いや、そうゆうことはねえケドよ」 「ならば胸を張れ。死んでいった者に対して、罰当たりなことをいうでない」 「…………」 罰当たりか。まったくだ。 志半ばにして倒れた一人の女性。 俺は近寄ると、両手を合わせて合掌した。彼女の魂は、広大に広がる無限の「天」が救いとってくれるはずだ。 そうでなければならない。 ”剣帝”が背を向ける。 「……次に会うとき、愉しみにしていよう。そのときこそ、容赦せぬ」 不吉な言葉を残し、大人一人を抱えた齢六十の爺が去ってゆく。 俺は、大きく息を吐いた。 (……さて、これで俺もお役ご免か) 『死者の書』を回収したあとは、本国に戻ってゆっくり休養をとる。 今回の仕事は、ひどく疲れた。 たっぷりとした養生が必要だ。 立ち上がって、丘の上を隅から隅まで探しまわる。だが、どこにも『死者の書』は見当たらなかった。 嫌な予想に行きつく。 「まさかあの爺……」 あって欲しくもない状況が一番あり得る。 あんなの相手じゃ、命がいくつあっても足りゃしない。 「はぁ〜、くそったれ」 俺はごろんと転がった。小さな水たまりから空を見あげる。 「しゃあねえ。しばらく居着くか」 ぼんやりと空を見上げていると、大きな忘れものに気づく。 がばっ、と起きあがり、俺は叫んだ。 「ニーナ?」 冷たい風が声を運んでゆく。 『死者の書』と同じように、小柄な少女の姿も、どこにも見当たらなかった。 |