「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」

七章 悪魔の夜

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 黒い雲が、高い空の上を滑ってゆく。その後ろからでてきたのは、円い月だ。目覚めたばかりの俺には、その光はちとまぶしすぎる。

 ……天国にも、夜ってぇのがあるらしい。

 体を起こす。

「ほっほっほ、お主も悪運が強いのう」

 美女の代わりにいたのは、骨張った白髭の爺だ。

「……やべぇ。地獄のほうかよ」

「むぅ」

 ”剣帝”は、困ったように髭をこすった。肩に気を失ったファウストを担いでいる。

「あんた……何やってんだ?」

「散歩じゃ」

 ホントかよ。

 胡散くさげな視線を寄越すが、さすがに動じる気配はない。

「……『LOKI』はどうなったんだ?」

「ふむ。見事に討ち果された。生憎影も形もなくなってしまったがのう」

「見てたんじゃねぇか」

「かっかっか」何笑ってんだよクソ爺。

 俺は肩の力を抜いた。

「なぁ」

「ふむ」

「なんで俺、生きてんだ?」

 ”剣帝”は俺のほうを見ると、「ふむ…」と呟いて黙り込んだ。

「……生きておることは不服か」

「いや、そうゆうことはねえケドよ」

「ならば胸を張れ。死んでいった者に対して、罰当たりなことをいうでない」

「…………」

 罰当たりか。まったくだ。

 志半ばにして倒れた一人の女性。

 俺は近寄ると、両手を合わせて合掌した。彼女の魂は、広大に広がる無限の「天」が救いとってくれるはずだ。

 そうでなければならない。

 ”剣帝”が背を向ける。

「……次に会うとき、愉しみにしていよう。そのときこそ、容赦せぬ」

 不吉な言葉を残し、大人一人を抱えた齢六十の爺が去ってゆく。

 俺は、大きく息を吐いた。

(……さて、これで俺もお役ご免か)

 『死者の書』を回収したあとは、本国に戻ってゆっくり休養をとる。

 今回の仕事は、ひどく疲れた。

 たっぷりとした養生が必要だ。

 立ち上がって、丘の上を隅から隅まで探しまわる。だが、どこにも『死者の書』は見当たらなかった。

 嫌な予想に行きつく。

「まさかあの爺……」

 あって欲しくもない状況が一番あり得る。

 あんなの相手じゃ、命がいくつあっても足りゃしない。

「はぁ〜、くそったれ」

 俺はごろんと転がった。小さな水たまりから空を見あげる。

「しゃあねえ。しばらく居着くか」

 ぼんやりと空を見上げていると、大きな忘れものに気づく。

 がばっ、と起きあがり、俺は叫んだ。

「ニーナ?」

 冷たい風が声を運んでゆく。

 『死者の書』と同じように、小柄な少女の姿も、どこにも見当たらなかった。




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