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「宜しいですかな」
眼下に広がる街並みを一望する城の尖塔――
窓辺に立ったまま、飽もせず景色を眺めている占星術師に向けて、”剣帝”は尋ねた。
「このままではあの者、逃げてしまいますぞ」
「構わぬ」
覆面の占星術師は答えた。
「どういう意味ですかな?」
「今回の件、あれでなければ解決することは出来ぬ。生半可な覚悟では勝てぬ相手ゆえ、少々発破をかける必要があった」
「それにしても投獄とは穏やかではありませぬな」
「不服か」
”剣帝”は少しの間黙考したあと、「御意」と言った。
「如何なる理由があろうと、無実の者に罪を着せることは承伏できかねまする」
「無実、か」
マーリンは感情のこもらない声で呟いた。
「われもあれの類い希れなる能力は買うておる。強靱な不屈性もな」
ようやくマーリンは鈍色の空から視線を外した。僅かに傾けた体に、影が差す。
「貴重な人材だ」
「むぅ」”剣帝”は眉根を寄せて、髭を撫でた。
「われが動いたのは必然による。捨て置いていてはこの内区にも災厄が降りかかるやも知れぬでな」
マーリンは再び空を見上げ、うごめき始めた遠くの雷雲の光に目を細めた。
「……脱走の事実は誰にも報せておらぬな」
”剣帝”は顎を揺らせた。
「それで良い。知らなくて良いことを報せる必要はない。あくまで、この街は平和である必要がある」
「怠惰な安穏だ」と呟く。
「マーリン殿」
「ばれぬ嘘なら真実と変わらぬ。檻の中には影でも入れておけ。あとはあ奴が始末してくれよう」
「……討ち損なうことはござらぬか」
「心配か」
「御意」
「ならば、お主がその目で見てくるがよい。ただし、あ奴が打ち損なったときには、その程度の男だ」
轟音が轟く。
稲光が光った。
「そなたがあれを斬れ。『LOKI』としてな」
”剣帝”は目を閉じ、目礼して去っていった。