「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」

六章 支配者は語る

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「宜しいですかな」

 眼下に広がる街並みを一望する城の尖塔――

 窓辺に立ったまま、飽もせず景色を眺めている占星術師に向けて、”剣帝”は尋ねた。

「このままではあの者、逃げてしまいますぞ」

「構わぬ」

 覆面の占星術師は答えた。

「どういう意味ですかな?」

「今回の件、あれでなければ解決することは出来ぬ。生半可な覚悟では勝てぬ相手ゆえ、少々発破をかける必要があった」

「それにしても投獄とは穏やかではありませぬな」

「不服か」

 ”剣帝”は少しの間黙考したあと、「御意」と言った。

「如何なる理由があろうと、無実の者に罪を着せることは承伏できかねまする」

「無実、か」

 マーリンは感情のこもらない声で呟いた。

「われもあれの類い希れなる能力は買うておる。強靱な不屈性(バイタリティ)もな」

 ようやくマーリンは鈍色の空から視線を外した。僅かに傾けた体に、影が差す。

「貴重な人材だ」

「むぅ」”剣帝”は眉根を寄せて、髭を撫でた。

「われが動いたのは必然による。捨て置いていてはこの内区にも災厄が降りかかるやも知れぬでな」

 マーリンは再び空を見上げ、うごめき始めた遠くの雷雲の光に目を細めた。

「……脱走の事実は誰にも報せておらぬな」

 ”剣帝”は顎を揺らせた。

「それで良い。知らなくて良いことを報せる必要はない。あくまで、この街は平和である必要がある」

「怠惰な安穏だ」と呟く。

「マーリン殿」

「ばれぬ嘘なら真実と変わらぬ。檻の中には影でも入れておけ。あとはあ奴が始末してくれよう」

「……討ち損なうことはござらぬか」

「心配か」

「御意」

「ならば、お主がその目で見てくるがよい。ただし、あ奴が打ち損なったときには、その程度の男だ」

 轟音が轟く。

 稲光が光った。

「そなたがあれを斬れ。『LOKI』としてな」

 ”剣帝”は目を閉じ、目礼して去っていった。

 




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