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玄関には、退屈そうに庭を掃くニーナの姿があった。俺に気づくと、さっと箒を構える。
番犬娘。
「いよぅ!」
「近寄るなこのニンニク魔! ニオイがうつるじゃありませんの!」
……まだ根にもってんのか。
「おまえなぁ。ニンニクってのは滋養にいいんだぞ? 万病に効く特効薬だし、酒のつまみにも丁度いい。医者の助手のくせにニンニク嫌いたぁ、どういう了見だ?」
「あんなグロテスクな球根植物、食べ物じゃありませんわ!」
「……だからって人の顔ひっかいて逃げなくてもいいだろ」
「かよわい乙女に無理強いさせようとした罰ですわ!」
「……かよわい、ねぇ」
「それ」
といって、ニーナは俺の胸元を指した。
「一つ増えてますわ」
……めざといな。
「そのバッジ、院長センセがずっと見てましたわ」
「なに?」
驚いた。さっきすげなくつき返され、未練の一つも見せなかったんだが。
「こんなゴロツキが持ってるよりよっぽど有意義に活用できますのに、欲がないにもホドがありますわ! 痛み止めだって馬鹿にならないのにぃ〜」
ニーナは俺の前で地団駄踏んで悔しがっている。
「欲しいならくれてやってもいいぜ」
「いらないですわ」
「きっぱり言うなよ」
人の好意を無にするクソガキ。
「……ほんとは喉から手が出るほど欲しいですの。でも、院長センセがいらないなら、いりませんわ。とっとと帰れこの成金趣味!」
うっわ。ひでぇ。
「おまえ、ほんっっっと口悪いぞ。ちったぁシュミさん見習って表面だけでいいからおしとやかな女性を演じてみせろ」
「いーっ! ですわ! オカネで人を釣ろうとする性根の腐ったボウフラ男に言われたくないですわ! 一生川に浮かんでろですわ!」
「俺はボウフラかよ」
「ここにいていいのは院長センセとあたしの二人だけですわ! 余計な粗大ゴミはあっちいけ! しっしっ!」
突きだされてくる箒の穂先を適当にいなす。
「きーっ! 当たらないですわ〜!」
まぁ、避けてるからな。
「なぁ、シュミさんって、妹がいたんだよな?」
「あんたにカンケーないですわ!」
「そのコって、体が弱かっただろ?」
ぴたり、と猛攻が止まった。
「……なんで知ってるんですの?」
「なんとなく、な。さっきのシュミさん、鬼気迫るっつーかなんつーか、子供に対しての負い目が感じられてな。看病してる最中ずっと離れなかったし、こりゃ過去になんかあったなと」
「……知らないですわ」
「ほんとに?」
ニーナはこっちをきっ、と見上げた。
追いつめられた子兎のような目をしている。
「あの子はもう死んじゃったんですの! だから、院長センセはわたしが守らなきゃダメですの!」
「は?」
ぽかんと口を開けたその瞬間、
ばこんっ!
頭部を箒の柄で殴られた。ニーナは走って逃げながら最後に捨てゼリフを吐いて施療院の扉をばたん! としめる。
ありゃぁ、ろくな大人にならねぇぞ。
頭をこすりつつ、顔を上げると、目の前を黒い影が横切った。全身の毛がざわり、と波打つ。
「……まさか、な」
幾つもの影法師が手招きしている。俺は誘われるように、夕闇の世界へと潜り込んだ。