「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」
四章 彷徨う道教者
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赤い景色ってのは、どうにも気色が悪い。陽の向きに反した顔はのっぺりとした黒に染まり、誰彼ともわからず、無言で後ろへ通り過ぎてゆく。 昼と夜との間。光と闇の移ろい刻。 鬼が巣くうというのも、まんざら嘘ではないかも知れない。 乞食同然の格好のくせ、わりかし足が速い。こっちが早足にならないと追いつけないペースだった。 慎重に息を潜め、一定の距離をとって機を待つ。 目の前の背中が震える。 嗤ったように見えた。 奴が振り向く。 ゴゥーン…… 重い鐘の音に気をとられたほんの一瞬、俺は十字路の中に一人だけ、ぽつんと取り残されていた。今の今まであった人の気配が、痕跡すら残さず消えている。 「……日が沈むのを見るのは嫌いだ。かつての栄光が失墜する様を、再びこの目にする様でね」 塀の上。 襤褸切れを纏った真っ黒な影が俺を見下ろしていた。 「……よォ。昨日は世話になったな」 「栄光と挫折は繰り返されるべきだ。一つ所に権力が偏っていては、漫然たる増長を招く。思い上がった者には適度な制裁が必要だ。そのための革命。逆説的には良心に過ぎん」 塀の上の影は俺の言葉を無視して、自分の世界に浸っていた。 人、これを好機と呼ぶ。 腰から銃を抜きざま、奴に向けて発砲した。渇いた音が一発響き、鉛の牙が斜め上へと高速で飛ぶ。 キンッ―― やっぱり? 「……失敗だ」 止まったままの銃弾をつまみ、”LOKI”が口の両側を釣り上げた。 「機会とは多くないからこそ価値がある。そしてものにしてこそ意味がある」 俺は左に飛んだ。 避けたその場所を、加速した銃弾が貫いた。 「君は考えが浅い。出直してくるといい」 「なかなかあきらめの悪い性分でね」 へっ……”幸運の女神”にも見放されたか。 「くくっ。そういえば今日、君は何かおいしいものを口にしただろう? 何を食べたかね」 「あぁ? テメェに答える義理はネェ」 「僕も旨そうな物を見つけてね。今度はそれを食べたいと思う」 「そうかい。それじゃ勝手に喰えよ」 俺は投げやりに答えた。 「降りてこいよ。サシで勝負しようぜ」 俺は”LOKI”を見上げて、不敵に微笑んだ。「それとも怖いか」 「残念だが辞退する。ディナーがあるのでね」 ”LOKI”は俺の挑発に乗らなかった。 「それに、先約もある」 そういうと、塀の上からすっ、と飛び降りた。 「ご機嫌よう。ハンス君」 地面につく寸前、奴の気配が唐突に消えた。その代わり、どこからかともなく湧いた人影が、赤い光に照らされて、前を通り過ぎてゆく。 誰も彼もが、血の色に染まって見えた。
(※1)現代(AC2006)において肺病(結核)は不治の病ではありません。完治させるための特効薬も存在いたしますことをお断りしておきます。 |