「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」

四章 彷徨う道教者

/ 6 /

 

 大蒜(ニンニク)を煮詰めて煎汁をつくり、そこに布をひたして患者の患部、つまり肺のある位置に当てる。大蒜はその強い臭いに負けず劣らず効能の幅も広い。

 うまいこと甘草(リコリス)も見つけた。こいつは様々な病に効く漢方の王様だ。根茎の部分を同じように煎じて、服用させると効果がある。

「…だいぶ、よくなったようです」

 まだ熱はあるものの、赤みの戻った頬を見て、シュミさんは胸をなで下ろした。

「驚きました。薬学の知識がおありなのですね」

「まぁね」

 俺は曖昧に頷いておいた。

「ものが食えるようになれば、生姜を湯で溶かして与えるといい。回復が早まる」

「あ、はい。……あの、これ」

 シュミさんが差しだした手の中には、見覚えのある金バッジがキラリ。

「お返しします」

 真剣な眼差しを見下ろし、「…ふぅ」ため息をつく。

「……惜しくねぇのか?」

「ええ」

「そいつは嘘だな。顔にかいてあるぜ?」

 …………。

 無駄か。

「なぁ、シュミさん。疑ってるなら前もって言っとくが、そいつはまっとうなルートで手に入れた品だ。誰もケチなんざつけねぇし、俺が感謝の気持ちを込めて渡した代物だ。今さら返されても」

「貴方は、あの子を助けるために尽力してくれました。私には、それで十分です」

「けど」

「いい人ですね、貴方は」

 シュミさんははじめて、俺の前で屈託なく笑って見せた。面食らった俺は、言葉に詰まる。

「私に救える命の数は少ないけれど、それでも救えた命の分だけ、私は自分に誇りが持てます。一人の医師として、一人の人間として、私が私であるための生き方を、胸を張っていたいんです」

 気づくと、俺の手の中に金色の勲章が戻っていた。

「我が侭かもしれません。けれど、許してください」

 俺は何も言わずに握りしめ、「わかった」とだけ言った。

「またいらしてください」

 俺は片手を挙げて、それに合図した。

 




Copyright (C) 2009 Sesyuu Fujta All rights reserved.