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シュミさんが入れてくれたお茶は、出涸らしばかりでお茶というよりはむしろお湯。プラス申し訳程度についてきた粥は麦10水90の粗悪な麦粥だった。
むさいオヤジどもは旨そうに食ってる。
そうだ! シュミさんの手料理だと思えば何でも食えるッ!
「……城は、壁の内側にある内区の中心地。街の、実質的な支配者層が住む特別地区です。彼らはよほどのことがない限り、私たち賤民と関わることを嫌がります」
彼女は隣のベッドに腰掛けて、先ほどの続きを話していた。手の中にはコップが一つ。
水のような麦粥だか、麦粥のような水だかを口にしながら尋ねる。
「なんで?」
「私たち外区の住民のほとんどは、元を辿れば外からきた移住者。対して内区に住むのは代々の市民か、市民権をお金で買った資産家ばかり。個人的な理由以外に、彼らが、この外区に協力する理由なんてありませんから…」
視線が床に落ちた。
何か古傷に触れたらしく、彼女の言葉はぱたりと途切れる。
……きまずい。
「あー、えーと、シュミさん、このお粥、ウマイッスねぇ。歯ごたえがなくて味が全然しないところなんか、さすが健康に気を使った病院食って感じで…」
…………。
反応なし。
出涸らし茶のほうをホメたほうがよかったかな。
「……ごめんなさい」
「へ?」
顔を上げた彼女は、申し訳なさそうに微笑んだ。
「そんなものしか出せなくて」
しまった墓穴ッ!?
「……仕方ないんです。私の所に来る患者の方は、お金を所持している方があまりいらっしゃらないので、寄付という形を取っていますが、それさえままならなくて」
「寄付って……それじゃァまる損じゃねぇの? 全員無料で診察てりゃ、煽り食うのは当たり前だろ?」
「医師は、患者の命を救うことが第一ですから」
彼女ははにかむように笑った。
よくみりゃ、その目元にはくまがある。化粧の一つもすりゃ言い寄る男はごまんといるだろうに、若い身空でこんなオジン連中と過ごすことを進んで受け入れる。誰に真似できる事じゃない。
その献身的な精神に、俺はホレたぜ!
「いわんや、一視同仁、人徳の元に人は集まるってか。立派だ、シュミさん」
「ありがとうございます」
くぅ〜、その笑顔! 100点満点だ!
「私は、今の仕事に誇りを持っています。患者の方の笑顔を、なにより大切にしています。お金なんかなくても、人は幸せになれる。私は、そう信じています」
う〜ん、立派だ。立派だが――
「少々夢を見過ぎてる」
「……え?」
身を起こすと、近くにおいてあるジャケットを羽織る。
「さっきの話の続き、聞かせてくれねぇかな」
彼女の顔に再び蔭が差した。
「なぜ、そんなに知りたいのですか?」
「なぜ、か。そだな…」
――最近出来た、妹のため、かな。
「……知り合いの子がいてね。その子も、二年前に両親を亡くしたらしい。だが、その子は別のことを口にしてた。知ってるかい、ファウストって奴のこと」
「……ええ。この街で、あの人のことを知らない人なんていません。だって――」
「虐殺魔だろ」
そうだ。
昨日の昼。マグダラの館でタリはこの言葉を口にした。
「教えてくれ。二年前にこの街で何があった?」
「城は、事態を収拾するために、一人の人物を派遣してきました。彼は『翡翠の病』を伝染病と判断し、これ以上の犠牲を防ぐために潜在的感染者を特定して、処分することを主張しました」
「それって、簡単にわかるもんなのか?」
「……いえ。発症してからならともかく、私たちには見当もつきませんでした。どのようにしてか、彼にはわかったのでしょう。追い立てられるように、何人も連れていかれました」
「この病院からも?」
「ええ。……集められたのは、みんな、外区に暮らす女性ばかり。内区の者は一人もいませんでした」
「一人もか?」
「はい。一人も。そしてあの日、あの丘の上で、彼女たちは一斉に焼却されたんです」
焼却――ってまさか、
「火あぶりか。全員」
「……知っていますか? 人間でも、肉の焼ける匂いは動物のそれと変わらないんです。街中に立ちこめた匂いは、香ばしいけれど、とても残酷な匂い……でも、遠くから聞こえる悲鳴で、食欲よりも憎しみが募る」
彼女はベッドのシーツにそっと触れた。
「翡翠の病は、感染者の焼却と同時にぱたりと途絶えました。騒動は収まったものの、街はどこか色を失いました。城は事の解決を果たした彼に――ファウストという魔術師に、称号を与え、地位も与えました」
彼女はシーツを何度も撫でていた。まるで、幼い子をあやすように。
「私には、命を救う義務がある。でも、果たせなかった。たった一人の命も救えなかった。あのときの償いを、私はずっと続けてるんです」
「……そうか」
それで『虐殺魔』ね。
「なるほどな。この街の人間があいつが嫌いな理由が。ようやくわかったぜ」
俺は、ジャケットの胸ポケットに張り付いた星印を一つはずした。
「悪いな。やな事思い出させちまって。こいつは礼だ。受け取ってくれ」
ベッドの上の手のひらの横に、そっと置いた。
「小さいが、純金だ。そいつを売れば、金になる」
彼女はぼうと金バッジを見つめていたが、ハッと我に返って立ち上がった。
「そんな! 困ります! こんなもの――」
「寄付だ。俺の国じゃギブアンドテイクが常識でね。かえされちまうとカッコつけた俺が困る」
さ、て、と。
仕事にかかるか。
「待ってください! そんな身体で」
「へーきへーき。俺はこれでも不死身なんだ。それに、やることがあるんでね」
そ、やることがある。
『診療室』と札のかかった扉を開いた。
ニーナとばったり出会う。
先を制して、ぽんと低い頭に手を乗せた。
「カネなら払ったぜ」
不思議そうな顔をしたニーナを残して、俺は扉をくぐった。
さぁて、第二ラウンドといこうか。手品師さん。