「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」

二章 マグダラのマリア

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 幾つものいかがわしい看板が立ち並ぶ通り(ストリート)。”聖処女通り(セントマリアストリート)”と名付けられたそこは、一大歓楽街である。その中で、ひときわ目立つ大きな館へと、ファウストは足を踏み入れた。

 きらびやかな広間の中に、幾つも席が並び、女と男の嬌声が交わされている。適当な闇と光が織りなす妖しげな空間は、いくつもの影法師が踊る堕落の園だ。異様な熱気に満ち、むせ返るほどの媚薬の匂いが、正常な思考すら失わせる。

 ファウストは、台座の上に置かれた呼び鈴を数回鳴らした。場に似つかわしくない、軽やかな音色が響く。

「ずいぶん賑やかなトコですねぇ。何かのお祭りですか?」

 キョロキョロと斜め下で、物珍しげにワーグナーが見回している。その頭を押さえつけ、「じっとしてろ」

「まったく、チョロチョロと。俺は餓鬼の()りじゃないぞ」

「あら。これは珍しい。ファウストの旦那じゃないか」

 足下でじたばたする小さな騎士を押さえつけたまま、不機嫌な顔を声の方に向ける。

 真っ赤なドレスの美女がこちらをねめつけている。その胸元は大きくひらけ、白桃のようなふたつの双丘がのぞいている。

「マグダラに会いに来た」

「それより、一席いかがかしら? ここは女が男に淫夢を捧げる快楽(けらく)の園。存分にサービスいたしますわ」

 ルージュを引いた唇を、赤い舌がなぞった。濡れた瞳が挑発的な色を浮かべる。ドレスのスリットからするりと、柔らかなふとももがのぞき、媚態に満ちたフェロモンがむん、と立ちこめた。

「ゴクリ……」足下から、生唾を呑み込む音がする。

「今日は公務だ。暇はない」

「相変わらず野暮なこと。だけど、そこがまたソソるわ」

 するすると近づき、ファウストにしなだれかかる。甘い香りが強まって、ファウストは顔をしかめた。

 ドレスの生地は、間近でみると中が透けて見える。成熟した身体を艶めかしく押しつけて、痺れるような熱い吐息とともに、女が囁く。

「どうかしら? 考え、変わった?」

「――ファウスト様、お迎えに、あがりました」

 陰気な声に、女がぎょっとする。後ろに、能面のような表情(カオ)をした少女が一人、立っている。おかっぱ頭の少女は、光を吸い込むような黒玉の瞳でファウストを見上げ、もう一度同じ台詞を繰り返す。

 まるでからくり仕掛けの人形のように。

「すぐに行く」

 短く答えて、組み付いた女の腕を邪険にのける。それから一服して――何かを忘れている気がする。

「やーん! なにこれ、かっわい〜」

 背後で起きた黄色い声に振り向くと、いつの間にかワーグナーが、三つ編みの娼婦に組み付かれ、おたおたしている。頬に浮かぶキスマーク、阿呆のようににやけた面――気にする必要はなさそうだ。

「案内しろ」

 少女に付いてゆく男の姿を見送り、女は聞こえないように悪態をついた。

 




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