「ファウスト〜殺戮の堕天使〜」

一章 「ファウスト」

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――僕は、何をしているんだ?

 地面の上にしゃがみ込んで、手の中の柄を握りしめる。

――僕は、何をしたんだ?

 歪んだ視界。熱い雫が、目から溢れて止まらない。

 幾つもの視線を、肌で感じる。その一つ一つが鋭く研がれた槍のように、早鐘を打つ心臓をつき刺してくる。

 顔をあげるのが、怖かった。

――何で、こんなことになったんだ。

 赤い光。熱い身体。歪む視界。痛む背中。目の前が真っ赤になって、夢中で振り回す。

 何かをひっかけた。誰かの悲鳴。嘲笑。狂気。怖い。視線。恐い。視線。嗤うな。僕を、嗤うな。僕を、嗤うな!

「身の程をしれ、”唐変木”」

 黒い影が嗤う。

「まるで寄生虫だな、貴様は」

 違う! 僕は、

「威を借りた狐め」

 違う、僕は、

「貴様のような奴は死んだ方がマシだ」

 そんな、僕は……精一杯やってるんだ……

 なのに、だれもわかってくれない。

 父のように、兄のように、その武勲と功績で、誰からも賞賛と礼賛の言葉を浴びたい。

 目の前にある背中を追いかけて、夢中で剣を振るった。

 あの頃に戻りたい。

 名門の恥さらしだと、陰口を叩かれていることぐらい知っている。剣の試合では、腰が引けてる僕をみんなが笑う。母は忙しい。他の兄妹たちにちやほやすることに、忙しい。

 いつも独りきり。

 慣れることのない、孤独の暗闇。

 言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻く。紛れもない事実。わかってる。過酷な現実。弱い僕。雨に打たれて腹を空かし、静かに死んでゆく捨て犬の末路。

 どうして僕だけ、こんな目に会うんだ。

――イキテイルノガ、トテモクルシインダ。

 この生き地獄から助けてくれるのなら、悪魔だって構わない。捨て犬だって、拾われた恩は忘れない。

 もう、独りになるのはいやなんだ!

 ふと、滲んだ世界に影が射した。

 ふわりとした、春風のような風が、頬をなでる。

「――顔を上げなさい。勇敢なる騎士よ」

 頬に触れた風は、確かな質感を持って涙で濡れた頬に当てられていた。

 それは、柔らかな手だった。白くて綺麗な、どこか懐かしい手のひら。

 顔を上げて、息を呑む。

 見たこともない美しい顔が、そこにあった。輝くような光を放ち、自分を見つめる黄金色の瞳。ヴェールの隙間からのぞく、軽くウェーブのかかった金髪。そのどちらも、陽光を受けてきらきらと輝いていた。

 彼女は涙をすくいとると、首から下げた”銀の十字架(ロザリオ)”に両手で包み、小さな声で祈りを捧げた。

 静かに黙祷を続ける聖女の、近づきがたい神聖さに、誰もが我を忘れて見入った。

 呆然とした呈で、ウッドマンは目の前に佇む女性に呟く。

「あなたは――」

「あなたの苦しみは、今救われました」

 ほころんだ口元が浮かべた気高い微笑みに、騎士の胸が高く踊った。

「哀れな羊よ。あなたはもう、迷うことはない」

 





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