「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

「YES。マイマスター」
 アールディーフォーと呼ばれた穂ノ原はいきなり畏まった態度で答えると、テキパキした動作で身につけているものを脱ぎだした。
 部下に見られでもしたら申し開きのできん状況だ、と冷や汗を流す。
 果たして、その姿を見て唖然とした。
 一糸まとわぬ裸体をさらけ出したはずの彼女の体は、無機質な銀膜で覆われていた。びっしりと並んだ鱗状の突起は、光を受けて虹色に輝く。女性的なフォルムにそって彩りの変わる鮮やかな肌は、瑞々みずみずしさとはかけ離れた機能美を追究したなめらかさで、官能的というよりは中性的な印象が強い。
 ところどころに埋め込まれたカラフルな塊。人工的に埋め込まれた電子機械の動力回路プラントだろう。日常的な業務に支障を来さないよう、内側から外へ光を漏らさないために取り付けられた特殊プラスティックのカバーが宝石のようにも見える。その内側には、技術の最先端たるICチップがフル稼働しているに違いない。
 目的のためだけに純粋に能力を選別されて高められ、他の不純物の一切を取り除かれた個体。
「バイオロイド、とあなたは言ったが」
 シュトレイマンの方へ目を向け、如月が眼を細める。
「正確にはバイオロイドではない。複製人間クローンドールではなく、強化バイオロイド――戦闘力に特化した特殊生命体だ」
「根は誰かの偽物フェイクだろう?」
「カテゴライズに含めればそうなる。新規に作られたあらゆる物は既存の枠にまず嵌められる。知識の総量でしか理解できない人間の限界だ」
「すべては既存の模倣から派生した技術の切り貼りだと思うがね」
「人の進化は変異種トリックスターの顛末だ」
「変異種は例外だ。カテゴライズの枠の外にあるものは何物にも属さない」
「そうだ」
 如月は穂ノ原に目を向けた。
「特化した性能を個性と呼び、それ以上に抜きんでている者はカテゴリの枠すら越える。二足歩行で立つサルを人と分類したように、人を越えたものには新たなカテゴリが必要だ。銃弾をものともしない肉体、鋼鉄の壁すら破る威力、車両にまさる速度――生体工学とナノテクノロジーの結晶。彼女は新たな人の可能性示すためのうぶすなだ」
「同じような主張を、御社の社長がインタビューで答えられていましたね」
 シュトレイマンが肩をすくめる。
「”アガメムノン”――でしたか? 例の機体」
 如月が眼鏡を押し上げる。
「ニュースなら母国でも流れていますよ。特におもしろみのあるものなら注目もする」
「ありがたくもない話だ」
「現場が派手でしたからね。証拠隠滅するにも不可能だったでしょう? ね、如月さん」
「RDW」
 消えた穂ノ原が来客用テーブルの上に着地する。
「行儀の悪いバイオロイドだ」

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