「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

「そう言うことだ」
 憎らしいほど余裕の笑みを浮かべるシュトレイマン。
「…………」
 ナムは黙った。
 自分がそこまでする義理はない。会社とは本来、個人のプライベートにまで口を挟める権限はない。差別主義が声高に否定され、個人主義と能力主義こそ正しい値打ちと啓蒙された二一世紀、滅私奉公という言葉は意味すら知らない若者のほうが多い。不必要な情報開示は労働者の既得権益の不正略取とされて訴えられるケースまである。
「答えはノーです」
 如月はなにも言わず、シュトレイマンは肩をすくめた。
「ですが」
 ナムは続けた。
「お二方の間で取り交わされたと見受けられる件を自分にも話して頂ければ、ご協力しましょう」
 如月の目が驚きに開かれる。
「なにを言い出す」
「無下にノーと言えるほど、俺は白状じゃありませんよ」
 ナムは歩いて自分のデスクにつくと、一番最後の引き出しから”ホワイトマウンテン”のブレンドコーヒーを取りだし、デスクの上に置いた。
「飲みますか?」
「良い部下を持っているようだ」
 つまらなそうに、シュトレイマンが口を開く。
 まさかこの件で脅迫に屈するとは思っていなかったのだろう。考えていた次の手が無駄になり、少々面白くないのかも知れない。
「どうしますか? 私は別にどちらでも構いませんが」
「どういうつもりだ」
 いつもの冷静な声でなく、焦りが読み取れる早口で如月が問いただしてくる。
「如月部長にはお世話になっていますからね。たまに恩返しのつもりです」
 オフィスに電話を入れ、お湯を持ってきてくれと依頼する。空いている人間がそのうちもって来るだろう。
「もし缶コーヒーを持っているなら、一人分省けますが」
「頂きましょう」
 シュトレイマンの返事に、三人前の挽かれたコーヒー豆をドリップ容器に入れる。
 如月はソファに腰掛け、しばし黙考した。
 ガチャ、と扉を開けて、きゅうすを持った穂ノ原が元気な挨拶とともに入ってきた。
「お湯ですよー」
「ああ、有り難う」
 渡された陶器の中に、ちゃんとお湯が入っているか確認する。この子の場合、たまに、中身が空だったりする。なんのために頼んだのだか。
 慎重に注ぎ終えた後、三人分には少し足りなかったか、と思う。じわじわと黒い砂地に泡が立ち、下の入れ物に琥珀色の珈琲が満ちていく。

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