「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

 ニコニコと微笑みを絶やさない無邪気さの中に、彼女の歩んできた過酷さを見たような気がして、ナムは目を逸らした。
 きっとサプライズに入社するまでにいろんな苦労をしたんだろう。学生にも関わらず内職だってしたに違いない。両親はすでに他界。親戚の家に預けられ、ご飯も満足に食べさせてもらえず、冷たい手で自分の服を洗う。かじかんだ手に息を吹きかけながら、空に浮かんだ顔も覚えていない両親に思いを馳せる。
「――くっ」
「どうかしたんですかー?」
「……他に食べたいものはないか? 何でもいいぞ。奢ってやる」
 俺ってまだ泣けるんだ。
 ナムはこぼれた雫を指ですくい、少しだけいいひとになることにした。
「わぁ! あれ、おいしそうな匂いですぅ!」
 と言って、穂ノ原が指さした先にあるプレートをみて、ナムは表情を変えた。
 本場天然鰻の老舗”海王”。
――生きのよい国産浜松鰻を静岡から取り寄せ元気なままで生けすに放逐。注文が入ってからはじめて調理を行い、炭火でじっくり焼くこと三〇分。本場ササニシキのできたて飯に秘伝のたれを掛けて出来上がった逸品をお召し上がり下さい。
 お値段は5000円から――
「今度にしようか」
「はい!」
 素直に頷いてくれた分だけ救われる。
「そうだ。あの店にいくなら乙女塚警部を誘うといい。喜んで連れていってくれるはずだが、食べた後はちゃんとお礼を言って別れるんだぞ。なにを言われようとついて行っちゃ駄目だ」
「はい! 今度の日曜日にそうします」
 あの野郎、ちゃんと約束取り付けてやがったのか。
 あなどれん男だ、とナムは乙女塚に対する考えをあらためた。
「みゅみゅちゃん、どうしたんですか?」
「ん? みりゃわかるだろ」
 不思議なものでも見るように、穂ノ原が自分の背中に好奇の眼差しを向けているのは、さっきから気になっていた。
「目を閉じてます。呼吸もしてます。でも、声を掛けても、つついても反応がないです。死んじゃったんですかねー」
「何言ってんだ」
 ナムはみゅみゅを背負い直すと歩き出した。
「眠っているんだ。起すなよ」
「眠る? これが噂に聞く”睡眠”ですか」
「あのな」
 物珍しげに穂ノ原がまとわりついてくるのを、腕で払う。
「お前だって夜になったら眠るだろ?」
「眠る? ホノは眠らないですよ」

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