「-HOUND DOG- #echoes.」
第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る
そう遠くない位置だ。走れば5分で間に合う。 「うにぅ〜待ってくれでヤンス!」 頭を押さえて立ち上がり、腹を歪ませて追いかけてくるデブを後方へ置き去りにして加速する。 「なんにせよ、君が無事で安心した」 『心配してくれてましたの!?』 わずかな沈黙。 まさか、このまま彼女が行方不明にでもなれば、如月からどんな恐ろしい罰や嫌がらせを受けるか想像するだに怖ろしかった――なんて事実は口が裂けてもいえない。 「ああ。もう夜も遅いしな」 『感激ですわ!』 歯の浮く台詞がいえるほど機転も利かない。 「すぐに行く。待ってろ」 電話を切り、持ち主を振り返る。 付いてきているわけがなかった。 「のろまめ」 100Mを10秒台で走る実力を持つ彼についてこれる一般人のほうが少ない。 風のように歩道を駆け抜け、新宿警察署にまで近道をたどる。都会は下手に車に乗るよりも、足を使ったほうが利便性が高い。直線距離を頭に描き、目的地までの方角を見失わないように注意すれば、知らない道だろうと辿り着けないことはない。たまの行き止まりなどは、鍛えた体力と警察手帳さえあれば、乗り越えられる障害だ。 きっかり五分。 足を止めた彼は、「ふっ、はっ」と息をついた。 心地よい熱気に包まれている。久しぶりの全力疾走。たまにはこういうのも悪くはない。 ふき出た汗をコートのすそでぬぐい、さらにその暑いコートを脱ぎながら、汗が夜風に吸われる前に正面入り口の自動ドアをくぐる。 顔見知りの刑事が見える。 「なにやってんだ」 穂ノ原がいた。 ぴんぴんしている。 あまつさえ、権介と談笑などしている。 「ナム様!」 観葉植物の陰から体当たりしてくる幼い人影。 みゅみゅがしがみついてきた。ごろごろとのどでも鳴らしかねない勢いで甘えてくる。 「私のためにこんなに必死で」 「……大変なんじゃなかったのか?」 噴きだしていた汗が急速に冷たさを増していく。 「そうですわ! そうですの!」 ナムから離れ、大げさな身振りで慌てる。 「大変でしたの!」 |