「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

「次に間違えるとオシオキだ」
「こんな場所で?」
 冷静に告げる女性に、シュトレイマンは唇の端を吊り上げた。
「お好みならね」
 暗闇の中、少しだけ女性の頬に朱がさしたように見えた。
 軽口はその程度にしておき、ブックファイルに収められた資料をぱらぱらとめくる。
「へぇ」
 感嘆の声。
「よく調べたね」
「はい。シュトレイマン」
「よく出来ました。オシオキは免れたね」
 女性のほうへは見向きもせずにどうでもいい口ぶりで話す。
「サプライズか。なかなか、危ない橋を渡ってる。だがどれも、決定打に欠けるな」
 あるページで繰る手を止める。
「へぇ」
 にんまりと笑みがこぼれた。
「リリィ。この情報は、正確かい?」
「ほぼ99%は」
「100%に至らないのは科学の進歩だね。常に覆る可能性を残す。OK。こいつをネタに使おう」
 ブックファイルをぽんと女性に向けて放り投げる。
 女性はなんなくキャッチする。
「”トロイア”の搬入は出来たか?」
「いいえ。今夜の便で」
「そうか。なら、明日でもかまわないな」
 また煙草を取り出すと、火をつける。
「CEO」
「3カウント」
 はっとして、口元に手を当てる女性。
「オシオキ決定だ」
「――公共の場所での喫煙は、都条例に反しておりましたので」
「言い訳か。だが、僕は言ったはずだな」
「…………」
 押し黙る女性に向け、くつくつと忍び笑いをもらす。
「ホテルはとってあるかい?」
「はい。近くのビジネスホテルを――」
「ノーだ」
 シュトレイマンは、煙草を咥えたまま目を細める。
 ネオン街の空。東京という街が寝静まるのはまだ早い。煌々と照らし出された証券会社の看板、パチンコ店の極彩色、悪徳金融のしらけた文字ダイオード――聞こえてくる雑踏はやまず、立ち並ぶビルの林は薄闇に包まれている。

[進む>>]

[<<戻る]

[TOP]

Copyright (C) 2010 Sesyuu Fujita All rights reserved.