「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

「どうした?」
 出来るだけ柔らかくいう。
 紙風船をつきだしたまま、じっとこちらを見てくる。
 確か名前は――
 少女は紙風船をぽうん、とこちらに投げてきた。
「おっと」
 軽く叩いて返してやる。
 複数言語に習熟しておいて良かったと思う。人は言葉を交わさなければ相手の真意を掴みかねる。7506小隊と村人との繋ぎ役となれていることは、誇らしい事だった。
 その後ろに立っている女性に気づく。
 異教の教えに基づき、他人に肌を晒さないよう民族衣装を纏った、少し哀しげな瞳をした少女の母親だった。
 村長から提供されている3人の寡婦のうちの一人だ。
 挨拶をすると、伏し目がちに頭を下げる。あまり話しをしたことはなかった。
「何か――」
 用ですか、と声を掛けようとして、自分の子供のことが心配になって訪れたのだと気づく。この子は村の子供たちのなかでも、最もよく自分が相手をしている娘だった。
 外国人となれ合っていることが心配なのだろう。
 紙風船をわざと取り落とす。
「お袋さんが迎えに来てる。帰んな」
 少女は落ちた紙風船を拾うと、後ろを振り返って母親を見上げた。
 母親は頷くと、手をつないで帰って行った。
「そろそろここを出る」
 歩いてきた隊長がそう言った。
「重傷の怪我人を、早く医者に診せる必要がある」
「容態がまずいのですか?」
「この辺りは風土病がある。感染症にもかかるかもしれん。それにな」
 言いかけて、隊長には珍しく間が空いた。
「――俺たちは異人だ」
「それは、そうですけど――なぜ、急に?」
 7506小隊に軍医はいなかった。医大上がりのリッグが頼みだが、彼自身も片腕を失うという重傷を負っている。気丈な振りをして軽口を叩いているが、失った片腕を苦しそうにかき抱いているところを見かけたことがある。
 ファントム・ペインという幻覚症状だ。あるはずのない腕に激しい痛みを伴う。四肢があることのすばらしさは、なくした者の近くにいればわかる。それがどれほどの苦しみか。
「先ほど本隊と連絡がついた。この辺りは戦場になる」
 ナムは耳を疑った。
「村の長には俺が話しておいた。後の判断は彼らに任せる。本隊に合流次第、作戦に参加する」
「村を見捨てると?」

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