「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

「これは個人用なので」
「私は日本茶の渋みがどうも口に合わない。その点薫り高いコーヒーは、一口含むだけでえもしらぬ高揚感に疲労すら消し去る魔力がある」
「豆を切らしてまして」
 無感情に告げる。
「豆が切れている? それはいけない。豆の常備はコーヒーをたしなむものの常識ですよ」
「いやぁ、すみませんねえ」
 謝りつつ、自分のデスクの席に回り込み、最下段の引き出しをあける。
 10袋ほど未開封の”ホワイトマウンテン”コーヒー豆500gが並んでいる。
 机の上に置いたままだったコーヒーメーカーを引っつかみ、空いたスペースに押し込んだ。
「今度、おいしい喫茶店でも紹介しますよ」
「それは楽しみです」
 パタンと引き出しを押し込んで、元の場所に戻る。
「お邪魔しまーす」
 こんこん、とノックの音がして、湯飲みののった盆を手に、穂ノ原が入ってきた。
「お茶ですよー」
「よし来た。穂ノ原君、こちらの方にそのお茶を――」
「ああ、そうそう」
 シュトレイマンは自分のスーツのポケットを探り、コツン、と缶コーヒーを机の上に置いた。
「私はこれを飲みますので」
「…………」
 おもわず顔にでた。
「御社の社内自販機に見かけない製品を見つけ、お恥ずかしながら衝動買いなどしてしまいました」
「へぇ、そうですか」
 鮮やかな青のジャケットの缶コーヒーごしに、殺意の波動を向ける。
「持ってこられたのも悪いので、それはこの部屋の主のかたへどうぞ」
「ほえ? 課長にですか」
 穂ノ原は数歩位置をずれると、ためらいなく湯飲みをナムの前に置いた。
 アイコンタクトで会話を試みる。
 穂ノ原は「バッチリです」と親指をびしっ、と立ててみせる。
 ほめて貰いたいのか、この女は。
 かしゅ、とキャップをあける音のあと、缶コーヒーに口をつけるシュトレイマン。
「はあ、おいしい」
 如月が咳払いを一つし、眼鏡を押し上げる。
 ナムは観念して、湯飲みを傾けた。
「…………」
 出来るだけ、遠く離れた位置に湯飲みを置く。
「……用件を、早めにお願いします」
 その目は怒りに燃えていた。

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