「-HOUND DOG- #echoes.」

第二話 アンチアンドロイドは羊を数えて眠る

 ”恐怖”を感じなければ、生きてはいけない。
 遊園地の乗り物や仮想世界の疑似体験のような、金を対価にする安易な恐怖ではない。
 現実に命をやりとりする、一瞬のゆるみが死へと繋がるリアルな綱渡り。
――誰もが左遷させんだと囁いたこの職場を、俺は嬉々として受け入れた。
 再び銃を手にした死神との闘い。
 全身の血が喜びに震える。
 ああ、俺も戦争屋だ。
 自虐の念とともに、喜悦の吐息が零れる。
――魅入られてしまったのだろう、戦場の死神に。
 隊長が呟いたその言葉を、今なら理解できる。
 俺も死神に魅入られたのだろう。
 シリンダーを振り戻し、ロックする。リボルバーには手動の安全装置セフティはない。内蔵された留め金が、セフティとして使用者を暴発から守るしくみになっている。メンテナンスで何度も中身をいじくっていれば、構造など目をつぶっていてもわかる。
 横を見る。
 パジャマを着たドクが寝ていた。
「…………」
 くぅくぅと愛らしい顔で安らかな寝息を立てている。
 壁に目を移す。そこには警察庁から交付された紙媒体のカレンダーが張りついている。
「今日って、奇数日だよな」
 ベッドは一つしかなく、一人が心地よい眠りについている間、もう一人は窮屈なソファで眠ることがルームシェア協定で結ばれている。ベッドは寝室に一台、ソファは居間に一脚。ここにドクが寝ていることがおかしい。
 フゥ、とため息を吐き、ベッドを明け渡す。
 目が覚めたついでだ。シャワーでも浴びて、朝食の準備にとりかかるとしよう。
 トントントン…
「?」
 耳慣れない音。まるでまな板を包丁で叩くような。
 彼はドク以外に自分の城に人を泊めたことはない。
 元の場所に戻した銃を手に取る。
 軍属仕込みの歩行術で足音を忍ばせ、居間の扉を音もさせずに開ける。
 誰もいない。ソファには毛布が一枚、転がっているだけだ。
 慎重に歩を進める。
 隣はダイニングキッチンである。
 料理しながら会話を楽しめるが、あいにく現住民は湯沸かしと電子レンジくらいしか使うことがない。どちらも料理は苦手だし、ものぐさな点で一致している。
 即座に撃てるよう指をかけ、ノブを回す。
「動くな!」
 踏み込んだ途端、息を呑む。
 数多ある死体の山、天高く舞い上がる煙、散々にまき散らされる破片の数々――
「…………」

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