「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 如月部長からも、早めに機体を回収させろとの命令が来ている。
「課長のエッチ」
 声が返ってきたことに、僅かばかり安堵する。
 葬式では、白木の棺桶に取りすがって泣いていた。そのせいで、彼の家族がナムへの失跡を中断してくれたのだが、女の泣く姿というのは目も当てられない。藤堂は、とんだ罪作りな男だ。
「付き合っていたのか?」
 率直に聞いている。あまりのデリカシーのなさだが、こういうとき、どういえばいいという男らしさはナムには見当が付かない。
「……いいえ」
 膝に顔をかくしたまま、くぐもった声が返ってくる。
「私たちは、パートナーでした」
「そうか」
『ナイト』はバックアップを最低一人要求する。急ごしらえで造られた製品はパイロットだけでは100%の能力を発揮できず、特別な機材を扱うバックアップの人間が必要だ。
 藤堂と柏原は、特7課発足時からずっとチームを組んで実務に当たっていた。
 戦場でなくても、危険な状況で繰り返し培われた連帯感は、恋愛や友情以上に強い繋がりをもつ。昔から、戦友と呼ばれる繋がりが何年経とうと褪せることがないといわれるのは、命の危険を共有してきた者特有のメンタリティだ。
 体の半分を失ってしまった。
 そんな気分なのだろう。
「課長は…なんで、Dzに乗らないのですか?」
「俺か」
 胸もとにあるS&W M500Hがズシリと重く感じる。
「内緒だぞ」
 一応、念を押す。
「先頭に立つ人間は、誰より格好をつけなければならない、と教えてくれた人がいる」
「ぷっ。なにそれ」
「笑うなよ。俺が一番、尊敬している人から言われたのさ」
 遠い目で記憶をなぞる。
 29年間生きてきた中で、父も、母も、友人も、出会ったいくつも関係から影響を受けてはいるだろうが、自覚を持ち、憧れる人間は誰かと問われたとき、迷わず浮かぶ顔がある。
「誰なんです、その人」
 当然の質問が返ってくる。
「俺の上司さ」
「如月部長?」
「はっは、まさか。前の職場のボスだ」
 ボス、か。
 頭を振る。
「その人が、そんな馬鹿みたいな真似しろって、課長にいったんですか?」

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