「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「死亡事例がでなかったこの6ヶ月の間、自分たちにいくらかのたるみがあったとは、思わないだろうか。自分たちが、特殊付属警察甲種特務課――警察機構の一部であるという認識が薄れてきてはいないだろうか。犯罪者を相手にする以上、凶弾により倒れる可能性を、軽んじてはいないだろうか。そのたるみが、この結果を生んでしまったとは、考えられないだろうか」
 勿論、死亡事例がないだけで、何度も人員が致命的な怪我を負うことは何度もあった。
 重い空気の中で、穂ノ原がこぽこぽとお茶を汲む音だけが響く。
「一度、考えてみて欲しい。我々は、警察機構の対Dzoid専門部隊だ。その一方で、単なるサラリーマンでもある。矛盾した役職だ。正義の味方ではあるが、家に帰れば家族が待つ。子供がいる。恋人や、友人もいるだろう。彼らは、おまえたちが明日も生きていることを当たり前に信じている。だから、最後は自分の命を優先しろ。絶対に、サラリー以上の仕事をしようとするな」
 ナムは、一度そこで言葉を止めた。
 言うべきかどうか、一瞬迷う。
「……今回は、相手が悪すぎた」
 最初、相手はふざけた怪盗だと高をくくっていた。まさか、ジョーカーが潜んでようとは、夢にも思っていなかった。しかも、本社の内部に潜んでいようとは。
 軍人相手に、素人思考の集団が勝てるわけがない。奴らと自分たちでは、前提としている意識から違う。
 軍人は、その職業柄、相手を殺すことを対象に入れている。さらに言うなら、自分すら、その範疇にある。覚悟が違うのだ。生かして捕まえることが前提である公安警察とは、根本から事に当たる思考が違う。やむなく、ではなくプロセスの一つとして殺人を捉える。戦争屋は、法の外側にある人間なのだ。
 法の番人の範囲外。
 相手が悪すぎた。
 訓練された殺人機械を相手に、一般常識に縛られた素人が太刀打ちできるはずがない。
 軍人には、軍人が当たるしかないのだ。
 自分が仕留め損ねた時点で、勝敗は決していた。
 無駄死に、という言葉が浮かび、ナムはぱしん! と自分の思いを手に打ち付けた。
「以上だ。解散」

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