「-HOUND DOG- #echoes.」
第一話 怪盗淑女
/ 19 / 「ふぅ」 オフィスの自分の席に戻ってきたナムは、堅苦しいネクタイをゆるめながら黒い背広を机の上に放り投げた。 気の重さをそのまま座席にのしかける。 葬式に出てきた。 藤堂昭久。 入社3年目の若輩者だ。 自分の言うことを気かず、一人で突っ走った結果がこれだ。 家族に頭を下げた。 何を言われたのかもう忘れたが、とにかくあらゆる罵声を浴びせかけられた。ひたすら低頭して責め苦を受ける。管理職の義務だ。それで、親御さんの気が晴れるなら、それでいい。 「くそ」 気分が口に出る。 机の上に置いてあったさまざまなモノを腕の一振りで払い落とす。気に入っていた陶器のコーヒーカップが高い音を立てて床にぶつかって割れた。 「すまん、ナム」 いつのまに近くにいたのか、珍しく神妙な表情をしたドクが立っていた。 「遊びすぎた」 「今更どうなるものでもないだろう」 感情を抑えた声は、冷たいものになる。 ドクと穂ノ原の行きすぎた職務違反は、秋元他、現場にいた人間から聞いている。 「警察の仕事だ。藤堂は、”殉職”した。死は、国家がほめてくれるだろうさ」 皮肉を言葉に乗せる。 「『ナイト』を使い物にしなくしたのは、我だ」 「そんなことはどうでもいい。どのみち、”アガメムノン”に『ナイト』では相手にならなかった」 コクピットルームで見た惨状を思い出す。常人なら吐き気がするほど、ひどい有様だった。死体は肉片のいくつかがまわりに張りつき、見れる姿にするまで、部下は何度も吐いていた。 だが、俺は。 「すべてが悪い方向へ転んだ。それだけだ」 子供のようにうなだれるドクを置き、椅子から立ち上がる。課長という役職上、まだやることがあった。 特7課のオフィスへ通じる取っ手に手を掛ける。扉をくぐるまでの間に、感情を押し殺した“課長”の仮面を身につける。 オフィスは、重苦しい空気に満ちていた。 葬儀へ参加した全員が黒いスーツか着物を身に纏い、喪に服している。主にパイロットをこなす社員については、次は自分の番ではないかと不安な未来に顔を暗くしている。 |