「-HOUND DOG- #echoes.」
第一話 怪盗淑女
「ボスがよろしく言ってたぜ? お前は非情になりきれない。戦禍の命の一つ、満足に奪えもしないだろう」 「…………」 ナムの表情に亀裂が走る。 「どうして、それを」 ナイフが飛んできた。 動揺した一瞬に反応が遅れ、よけるのだけで精一杯だ。 「ついでだ」 それでも引き金を引こうとしたナムの前に、少女がぶつかってくる。 「ひゃぁ!」 「くっ!」 銃口を上にかざして発砲。ギャン! と犬の鳴き声のような音。 そのまま押し出された形で足を踏み外す。 空中。 地上落下まで7M。 体勢を崩したままぶつかればどんな結果になるかわからない。骨折くらいは確実で、頭を打ったら即死の高さ。肋骨数本くらいは楽にいくだろう。 銃を手放し、胸部の取っ掛かりに手を伸ばす。 コクピットハッチの開口部を掴むことができた。 「きゃぁぁあぁぁあぁ!!」 その横を悲鳴を上げて落下していく少女。 空いている手を伸ばし、その腕を掴む。 一人分の質量が加重され、ずし、とナムの肩へとのしかかる。 「ぐ、ぎ……ふぁぃとぉ」 火事場の馬鹿力を頼りに歯を食いしばる。 振り子のように、少女の体はぶらんと彼の手に収まった。 足元で、こぼれ出たS&W M500ハンターMRが床に当たって堅い音を立てる。 「やるなぁ、ナムサン」 上を見ると、黒人男が左肩を押さえ、見下ろしている。 「鈴木、貴様……!」 「ほれ」 掴んだ手に足が乗る。 「あんたならきっとそうするだろうと思ったけどね」 「どういうつもりだ」 「ボスの言ったとおりだ。あんたにゃ非情さが足りない」 掴んだ手の上から、ゆっくりと体重が乗ってくる。 「ボス――おい、ボスってのは――」 「おっといけね、しゃべっちまうわけにはいかないよな」 わざとらしく口を塞ぐ。 足をどけると、しゃがみこんでナムの顔に近くよる。 「それと俺はな、見てわかるとおり日本人じゃない。鈴木、ってのはよしてくれない?」 |