「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 目の前に浮かび出た仮想キーボードを叩き、自前の復号化プログラムを呼び出す。
 暗号化したデータは復号化プログラムを通して元のデータに変換できる。転送データが送信される前にサブコールOnePath、あらかじめ組み込んでおいたライブラリオブジェクトを通してやれば――
 あら不思議。
「でもないか」
 にぃ、と笑う。
 想定通り。
「さぁて、悪魔デモノ。お目覚めの時間だ」
 OS”FAIRY”の囁きに、今世紀最大の咆吼デモノクライが答える。
 すべての電子機械が激しく明滅を繰り返し、SUCESS.のサインをそこかしこで光らせる。鮮やかな光の本流はやがて緑を基調とした輝きに変わり、快適な操作空間オールグリーンを提示した。
 4つの瞳がクルクルと回転しながらモニタの映像を伝えてくる。
「すごいですわ! 動きましたわ! ホントに魔法の箱ですのね!」
 驚嘆し、賛嘆する少女に微笑みかける。
 純粋な子供の賛辞の言葉には価値がある。そこには裏の動機がないからだ。
「捕まってな。動くぜ。このデカブツは」
 今頃、偽者にやっこさんも気づいた頃だろう。
 ほら来た。
 モニタの中央に、悪鬼のごとき表情を浮かべた顔が現れる。
「鈴木! 貴様! 早く降りろ! 詐欺容疑で逮捕だ!!」
 相当なおかんむりらしい。
 拡声器のスイッチを指ではじいてONにする。
『ああ、そりゃぁ無理だ〜』
 笑いを押し殺しつつ、間延びした声で答える。
『だって、おれの目的はこいつだぜ? 待ちに待ったいとしの恋人、手放すワケねえじゃん』
「卑怯者め! 俺を騙くらかしやがって!」
『たはは! 本音が出たな! よく出来てただろ? 子供の玩具にしては』
 3Dリアクションホログラムは、トニカ社が幼児向けに売り出している『特上戦隊変身ブレスレット』を改造したものだ。ヒーローでなく、人物を対象とすることで、この上なく潜入行動に役立つ七つ道具へと姿を変えた。
 実際ナムに見破られるまで一年以上もの間、誰にもばれずに開発に専念できた。優秀な社員と最新設備まで提供してくれた大企業の開発環境に感謝。
『あんたとはもっと遊びたかったが、ボスが急げとご命令だ。このデカブツはもらってく。六道南無警部』
 一般的なDzoidの操作系は、ブレーキとアクセル、それにいくつかのレバーとハンドルで構成される、往年の車式運転仕様だ。自動車分野のシェアを狙った商品戦略の方向性から「車が運転できればDzoidも運転できる」をコンセプトに掲げて採用されたMMIマンマシン・インターフェースである。
 だが、こと”アガメムノン”においては、それが唯一のMMIとはいえない。

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