「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

/ 16 /


「何で動きませんの!?」
 ”アガメムノン”のコクピットに乗り込むと、女の子が顔を赤くして怒っていた。
「噂じゃ完成してるってお話でしたのに、とんだ不良品ですわ!」
「ちょいと嬢ちゃん、そこどいてくれないかな?」
「何ですの! いま忙しいですの!」
 振り向いた少女は不審そうな顔で、闖入者に向けてとげとげしい目を向けた。
 苦笑する。
「そいつは嬢ちゃんには無理だ。肝心のOStoマシンIFが抜けてる」
「何で貴方が知ってますの!」
「俺が開発したからさ」
 ニヤリと笑うと、少女を押しのけてコクピットの座席に座る。
 さてと。
 鼻唄混じりにポケットからNANDを取り出す。
 さらに別のポケットから銀盤を取りだし、NANDにはめ込む。中央の空いた穴に、六面体はカチリと収まった。
 少女が興味深そうに見ている。
 銀盤に軽く触れると、指紋認証システムが作動、オーナーを認識。銀盤は淡く発光しながら、空中に幾つものホログラムを投影する。
「な、なんですのこれ!?」
「魔法の箱さ」
 nanoテクニカ社が売り出した携帯汎用電視機械――銀盤に焼き込まれたROM情報はすべてハードの特性を持ち、ホログラムとして呼び出された後は仮想映像をまるで実態同然の機能で現実化する。社運を賭けて売り出した史上類を見ない高性能な携帯汎用機は、破格の高値でメーカー希望小売価格をマーケットに提示し、民間人には手の出ない骨董無形な道楽機械として一躍有名になる。実際、全世界で30個程度しか売れず(それでも金持ちの物好きが30人いた計算になる)、nanoテクニカ社は赤字に埋もれて市場から消え去った。
 ホログラムで現実化されたのはブラウン管と巨大なタワー型パーソナルコンピュータの電視記憶スキン。20世紀末に流行ったオーソドックスな筐体だった。
 コクピットルームの無線型パケットジャックをONにして準備OK。データ通信はもはや有線を必要としない。形のないケーブルが空気中に張り巡らされている。
「お次は」
 直しましたと言ってさきほど李に渡した”FAIRY”は、持ち帰った物と全く同一の”FAIRY”である。元々これは、修正など必要ない代物なのだ。
 持ち出す前に、チョチョイとプログラムを書き換えて転送パケット生成部に暗号化処理を組み込んだ。暗号化されたデータは、元々提示された仕様とは異なるパケット形式として送信される。結果、”アガメムノン”の情報解析機構である”ACTi”は動作判断が出来ずエラーとして判定したわけだ。
 あれは、故意に引き起こしていたバグなのだ。

[進む>>]

[<<戻る]

[TOP]

Copyright (C) 2010 Sesyuu Fujita All rights reserved.