「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 ずしん、と建物が震える。
 彼らは緊張しながらも、自分たちの作品である”アガメムノン”を立ち上げようと必死だった。
 研究者って奴は。
 ナムは思った。
 自分の命より木偶人形なんぞが大事なのか。
 チン、と音がして、エレベータが下りてくる。
 思い出したかのように全員がそちらを向いた。
 怪盗ピンクの仮面を付けた女の子に、デブとヤセの奇妙な取り合わせの3人組。
 奇妙な来客トリオ。
「ここがお宝があるという場所ですわね」
 女の子はエレベータを降りてくるなり、珍しそうに電子部品だらけの開発室を見渡した。
 可愛らしいワンピースはピンク色で、長い髪をくるくると器用に纏めて頭の上に結いである。場違いの様相で図面や資料の散らかった床をたんったんっと跳ねながら、ひらけたスペースまでくると、手元からよくしなりそうなムチを取りだし、床に向けて一振り。
 ぺちんっ!
「私は怪盗ピンク! 予告したモノを奪いに来たのよ! 大人しく渡しなさい!!」
 一瞬誰もが惚けた顔をする。
 ナム自身すら例外ではなかった。
 誰もが一目見たあの美女の姿を思い描き、目の前の現実を見て間違いを捜そうとする。
「何ですの!? 私が怪盗ピンクよ!」
「騙された!!」
 一人が絶叫をあげてがばと床にくずおれた。
 夢と幻想に破れた男たちが同じような声をあげ、悲しみの大地に膝をついた。
「これがネット社会の弊害って奴か」
 ナムはあれほど情熱に燃えていた彼らが次々に打ちのめされるのを見て、理系の奴らは思ったより想像力が低いな、と思う。
 がっかりなことなんて世の中たくさんだ。
「何ですの! なんだか気分が悪いです!!」
 しなったムチが横にいるデブを標的にしてビシバシと打ち付ける。
「い、痛い! でも、……気持ちいいぁっっ」
 ハァハァ荒い息をあげているデブの股間に最後の一撃がめり込む。
「ガリ! とっとと標的を奪って逃走するのです! こんな不愉快な場所、すぐに立ち去りますわ!」
「へ、へい! お任せを!」
 恍惚の表情で床に倒れたデブを変態でも見るように見て、ガリはきょろきょろと周りを見回した。
「お嬢さま! アレでゲス!!」
「お嬢様じゃないー! 怪盗ピンクなの−!!」
 ぷりぷり怒ってムチが跳ぶ。

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