「-HOUND DOG- #echoes.」
第一話 怪盗淑女
どすどすと怒りを顔全体であらわにして、権之進が降りてきた鈴木に詰め寄る。 「え? つーか、俺のほうが聞きたいんスけど」 「用件を言え!」 「いや、あんたに用ねえし」 「なんだと!?」 「あっ! 李さん! 修正版の”FAIRY”持ってきました!」 権之進の広い肩から手を伸ばし、鈴木が声を張り上げる。 「ご苦労」 李は所員との話を切り上げると、鈴木の元へ歩いてその手からNAND(多面型記録媒体)を受け取った。 「早速検証してみる。暫くここにいたまえ」 「ういっス」 鈴木はナムを見つけると、目の前の権之進を無視しててくてくと歩いてきた。 「チーッス。まだいたんスカ。ナムサン」 「ああ、今まで残業か?」 「まーネ。完徹あげくに残業ッスよ。たまんないっすわ。いつものことッスけど」 「珈琲なら奢るぜ」 「いいんスカナムサン? 気が利くー!」 「おい! もうすぐ0:00だぞ!」 権介が怒鳴り声を上げたが、ナムは手をひらひらと振って休憩室へと鈴木を伴って向かう。 誰もいない休憩室の扉をくぐると、自販機の前に立って声を掛ける。 「ブラックか?」 「もち、ミルクと砂糖入りで」 二人分のコーヒーカップを持ち、鈴木の座っているテーブルの前に置く。ナムは立ったままコーヒーをすすった。 「座らないんスカ?」と聞かれたので、「ああ」と答える。 「すばやく動けなくなる」 不思議そうな顔をした鈴木に、ナムは尋ねた。 「ご苦労さん。残業ってのはつらいな」 「マジつらいっすよー。製品が出来上がるまで缶詰ッすからねー。座らないんスカ?」 二度目に尋ねられたので、あいまいに笑みを浮かべておく。 「”FAIRY”ってのはそんなに作るのに難儀したのか?」 「まぁカーネルの設計からはじめましたからねー。最初Norticeで作るはずだったのが仕様要件にあわずオシャカ。Xunillに切り替えてデバドラからRTシステムの構築にネイティブCPUのコアハンドリング。ようやくここまでこれたって感じッス」 鈴木はコーヒーに口もつけずにまくし立てた。 「そうか。それは大変だったな」 「まーそれも今日までッスよ。明日からは連休申請してるし」 「CL課のほうへ電話したんだがな。鈴木君は19:00頃にはもう退社したそうだ」 「へーそうなんすか」 |