「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

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「オリジナルというのは重要だ。すべての量産機プロトタイプ原型アーキタイプとなる」
 空いた時間に休憩室の自販機で買ったカップ珈琲をすすりながら、李顧問は説明した。
 ナムと権之進も彼と同じカップを手にしている。
「あーきたいぷ、ですか」
 正直意味の分からない単語だった。
「そうだ。アーキタイプとは人が創りたいと願い幾多の労力を重ねて現実化した最初のひな型だ。例えば、人が空を飛びたいと思う。人間には鳥のような翼がない。自力で飛ぶことが出来ない事を悟った人間は発達した知能を用い、別の方法を考え出した。むろん、結果を出すためには失敗を重ね、犠牲も出たことだろう。だが今、我々は飛行機という乗り物で空を飛ぶことができる。自力で飛ぶことが出来ない代わり、乗り物に乗ることで実現したのだ」
 科学者というのはどうも理屈ばかりでいけない、とナムはおごりの珈琲をすすりながら思った。
「我々科学者には空想を現実化する力がある。出来ない事ならば可能にする。そのためにどうすればよいかと理論を組み立て、飛行機という空想科学物を世に送り出した。その恩恵を当たり前のように受け、人々は暮らしている。それでよい。我らは次の課題に取り組むだけだ。空を飛べたなら宇宙にもいけると考えた。結果、どうなったかね? 六道君」
「月に行きましたね」
 理屈好きな博士に答えを返す。
「そうだ。我々は成層圏を越え、真空の暗闇へ漕ぎだし、眺めるばかりであったあるかなしかも分からぬ別天地へと降り立った。あの地に立てた旗は未だに6分の1の重力下で揺れているだろう。夢を実現するためにはまず空想が必要だ。現実という障壁を物ともせずに途方もない虚妄を語れる人物こそ、現実と空想の壁を突破できる才能を持った偉人だ」
 それはご自分のことですね、と皮肉の一つも言いたくなる。
 横を見ると、権之進が長い講釈を直立不動の姿勢で聞いている。
 職業柄、上司の話は徹底して聞く精神が叩き込まれているようだ。
「このプロジェクトのコンセプトは”機械と人との融合”だ。”機械は使うもの”という規制概念を取り去り、自分の手足同然に”アガメムノン”を操作する。”FAIRY”はそのための重要な要石だ。全体の動きを関知する”ACTi”システムと連動し、的確にDzoidシステムに指示を与える。すべてが繋がれば、機械と人の境目はなくなる。人は巨人を自由に扱えるようになるのだ!」
 恍惚とした表情で語る李顧問の表情は、ナムにはひどく不可解に思えた。
 機械と人との分別がなくなる。それは良いことなのだろうか。
 空を飛べると過信した者の神話を聞いたことがある。太陽に向けて飛び立った彼は、近づくにつれ蝋が溶けて作り物の翼をなくし、なすすべもなく地上へ落ちた。行き過ぎた情熱は結果的に身を滅ぼす。彼は忘れていたのだろうか。羽は自分の腕から生えているものではないことを。
 第一、人は未だ、飛行機が何故飛べているのか、その原理を知らない。
 理屈に理屈を重ね、机上ではじき出された空論を航空力学に当て、結果的に空を飛ぶ事実に満足しているに過ぎない。理論が現実を無視した中世とは違うのだ。経験と立証に基づいた現実的な結果論こそ、現状の科学に必要なポリシーではあるが、それすら現状の科学は確証をとれていない。

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