「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 ハッハッハ。
 何が面白いんだ、とナムは不思議に思った。
「それより、どうかしたんすか? こっちまで如月さんが見回りに来るのって珍しいっすよね。それにあの人、あの事件の例の人でしょ? なにしに来たんすか?」
「君には関係のないことだ」
 如月の言葉に僅かに感情がこもる。
「”FAIRY”の不具合の件はCL課のミスだ。至急仕様を見直して正しいものへと作り直せ」
「ちょ、なんで部長まで俺たちのこと信用しないんスカ? 俺たち寝ずに栄養ドリンク片手にようやくリリースに間に合わせたってのに、努力水の泡じゃないスカ」
「努力は会社では何の利益も生み出さない。結論が間違っていればその開発コストは損益として計上される。君の給料から天引きしてもいいんだぞ」
「勘弁してくださいよ。俺、今月キューキューなんスから」
「分かったら早く直してこい」
 如月に問答無用にOSの記録されたNAND――多面型記録媒体。データ情報を3次元軸座標で記録しTBテラバイトの容量を実現した――を押しつけられ、渋々戻っていく。
 ナムの横を通るとき、声を掛けられた。
「あんた、ナムサンだろ?」
「ん? ああ、そうだが」
 親しげに声をかけられ、鈴木と呼ばれた男をみる。
 特徴のないところが特徴のような、そんな顔だった。スポーツ刈りにした短い頭髪と、職業病のせいかあまり日に焼けてない肌が妙に生白い。
「男前だな。社長の娘をたらし込んでたって話も頷けるぜ」
「……口に気をつけろ」
 ナムは低い声で脅しをかけた。
「悪い悪い。俺、よく同僚からデリカシーがねえって言われるもんでよ。気に障ったんなら謝るよ。スマンカッタ」
 そういって、素直に頭を下げる。
 毒気を抜かれたように、ナムは「ああ」と返事をした。
「でも、あのお嬢さん――ってか、今は女社長さんか。いい女だね。キツそうな性格のところがまたいい。で、付き合ってみたところ、どうなんだ? やっぱあれか、見かけはああだけど二人きりだと性格変わるツンデレって奴じゃねえのか?」
「いや、あのままだ」
 口からついて出た不用意な発言に、ナムは慌てて口をふさぐ。
「かー! そうかー! 俺の期待はずれかー! あーゆー見かけ高飛車なお嬢様は恋人の前だと十中八九甘えたがりならぶらぶ乙女座になるっつー俺の人生統計が崩されるとはー! なんてこった!!」
 頭を抱える鈴木に向けて、如月のイライラした声が飛ぶ。
「鈴木君。早く行きたまえ。本日午前0:00までに仕上げてもって来るのだ」
「今日中ッスか? 無理ッスよ! ほとんどみんな帰り支度して俺の凱旋待ってるってのに! 帰ったら袋だたきッスよ!」

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