「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「そうだ。”正当なる裁きを”という文字とともにクラックされたサーバには、ピラミッドから地上を見下ろす鳥の姿が表示された。アフリカの神話を元にしたハンドルネームだ」
「そいつが何か?」
 ナムはそういうことに疎いので、説明されないと分からない。
「”HORUS”というハッカー、ただの愉快犯ではなく、”デトロイト・カスタムインダストリー”社を潰すために別の企業が雇った刺客だという噂がある」
「刺客、ですか?」
 ナムはようやく思い出した。
 僅か半年で、世界最大の急成長から倒産へと至った有名企業だと、新聞に載っていた。
 たかがネットで企業が一つつぶれるなど、当時もそうだが今でもナムには信じがたい事実だ。
「セキュリティというのは、リスクを出来るだけ低く抑える行為だ。必ず気づいていない穴は存在し、我々は日々戦々恐々としている。だからこそ予測できる穴は可能な限りふさぎ、入ってきたとしても最小限に被害を抑える努力を行っている。企業がつぶれるというのは、会社がつぶれるという事実だけではない。その会社で働く人間すべてが雇用をなくすということだ」
「それは分かります」
「ならばもっと冷静に事に当たりたまえ」
「すみません」
 横を見ると、小気味よい笑みを浮かべた”権介”が「ざまをみろ」という眼で自分を見ている。
「なんだコラやるかオイ」
 ナムキレる。
「望むところだ」
 相手もキレる。
「分かっていると思うが」
 冷徹な如月の声。
「君たちは”協力して”怪盗を捕まえるのだ。喧嘩などしていて貰っては困る」
 渋々引き下がるナム。
「乙女塚君。君も、昇進という言葉に興味があるなら必死に目の前の仕事に当たることだ」
 渋々権之進も引き下がる。
「では案内しよう。付いてきたまえ」
 冷徹な仲裁役は、そういって二人を目的の場所へと案内した。

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