「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「しかし、如月さん。一度我々にお任せになった以上、ずぶのド素人の民間人の警備など必要ありませんよ」
 上への怒りを隣に転訛する日本のお巡りさん。
「あのなー」
「彼は我が社の人間だ。セルフセキュリティは情報漏洩防止の観点からして昨今の企業理念では当然の考えである。ちがうかね、乙女塚刑事殿」
 むす、と押し黙る乙女塚。
 眼が怒りに燃えている。
 宮仕えはつらいものだ、と権之進を不憫に思う。
「君たちは協力して怪盗とやらから我が社の商品を守っていただきたい。構わないな」
 如月の視線にナムが頷き、権之進が口をへの字にして頷く。
「宜しい。それでは案内しよう」
「ああ、そうだ」
 ナムは上司を呼びとめた。
「何かね?」
 無表情に振り向く如月。
「先ほど本件のために受付に入館許可を依頼したのですが、申請許可が下りていないと追い返されました。まさか部長、わたくしの入館許可を申請していないなんて事は、ないですよね?」
「何と言って尋ねたのかね?」
 如月は氷のように冷ややかな眼差しでナムを見据えた。
「はぁ。PKLFーC207−XXの警備にきたと」
「開発登録コードは我が社の企業情報だ」
 眼鏡を押し込み、
「生産工程が開始されるまで、その情報は漏洩防止の措置がとられる。それが何を意味するか、わかるかね」
「……失礼致しました」
 企業固有の情報を競合他社へと安易に知らさないため、軽々しく口に出すことは禁止されている。開発登録コードをもとに企業サーバへアクセスされ、開発内容が暴露されるようなことは、名うてのハッカーならたやすくやってみせるだろう。
 酒の席や公共の場所でも、そういった事を口にする社員は”無能”と評価される。そのさらに先は”解雇”だ。
 ナムはやはり本社は苦手だ、と思った。
「宜しい。次はない。どこに企業スパイがいるとも限らん」
 そこまで過敏になるものなのか、とナムは正直阿呆らしくなった。
「……”デトロイト・カスタムインダストリー”という会社を覚えているか?」
 尋ねられたナムは、咄嗟に何のことか分からず言葉に窮した。
「米国の大手ネットサーバの運営会社だな。ハイ・クラス相手の」
 ナムは驚いて隣の”権介”を見た。
 なんでこいつが知っている?
「有名だろ。ハッカーに侵入クラックされて全顧客情報を盗まれ、あげくネットにばらまかれてバッシングから破綻に追い込まれた企業だ。”HORUS”というハンドルネームのハッカーの仕業らしいか、顔も分からず鮮やかな手並みはネットジャンキーどもの崇拝の対象になっている。あれで一時期、米国は国政が傾いたな」

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