「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

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 乙女塚権之進。たしか、今年で36になるはずだった。
 巌のように厳めしい顔、味付け海苔のように四角く太いまゆ毛。筋張った喉元、犯罪者を震え上がらせる眼光。刑事になることを生まれた瞬間に決めていたかのような顔の造作だ。
 本人もそれを天職だとしている。
 結果的に女と縁がない。
 それも天命だと諦めていればいいんだが。
「と、ところでその、穂ノ原さんは今日は、いないのか?」
 何をどう間違ったか、7課の新米社員に惚れている。
「いない」
 ナムが答えると、あからさまに落ち込む三十路の中年。
 現実を見ろ、という言葉は、彼のためにあるといっていい。
「また妙なところで会うな。捜査一課のカンって奴が事件の匂いヤマでもかぎつけたか?」
 ぎょろりと目玉を動かし、権之進がナムを睨む。
「聞いていないのか?」
「? 何をだ?」
「私が呼んだのだ」
 権之進の後ろから、地面と垂直に背をただした如月が自動ドアをくぐって入ってくる。
「これは部長――なんで、権介と一緒なんですか?」
 ナムは権之進のことを親しみを込めて”権介”という。
「おれを権介と呼ぶな!!」
 本人は認めていない愛称だ。
「犯罪者に狙われた企業は公的機関である警察に通報し、市民の財産を守ってもらう権利がある。税金を納めている民主国家では至極当然の理屈だ」
 正論で言葉を返す如月。
「はぁ。でも、警備は俺たちが行うはずでは?」
「何のために我々国民は政府に高い金を払っていると思う。こういう時に活用しないでいつ有効活用するというのだ?」
 当の公務員を目の前にした如月の弁。
 権之進は憮然としている。
「おまえが言い返さないなんて珍しいな」
 苦虫を噛み潰したような口が、いかにも嫌そうに開く。
「上からのお達しだ」
 ああ、なるほど。ナムは納得した。
 サプライズほどの大企業ともなれば、中堅から小規模のものまでその傘下の企業は優に百を超える。それらの会社は親会社からの指示には逆らうことは出来ない。受注を受けている身としては、逆らって経営を危うくするより、命令を受け入れて人員調整を図るほうがよっぽど利口だ。
 つまりは、定年を過ぎた官僚どもの体のいいポストを、サプライズは提供しているのだ。いつの時代でも、旨い汁を吸おうとする人間は自分の都合しか考えない。

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