「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 脇にいるスーツ姿の一人が、腕に巻いた時計の小型携帯電話機能でどこかに連絡を入れる。
 ナムの背中に積載されていた警備アンドロイドが次々と立ち上がると元の持ち場へ戻っていく。
「ふぅー、助かった」
 きしむ腰を揉みながら立ち上がる。
 パーティーか何かに出席する予定なのか、豪奢な装いに身を包んだ女社長を改めて見る。
「どのような顔で、私の前に姿を現したのかしら」
 紫色を基調とした肩のはだけたカクテルドレスに、見せつけるような胸の谷間を強調した女性社長は、ナムに向けて挑発的な視線を投げつけた。
「偶然だ」
 頭を掻きながら、ナムは答える。
「そう。偶然ならとっとと私の前から消えなさい」
 敵意をむき出しにした言葉。
「そうする」
「待ちなさい」
 足を止めるナム。
「お礼の一言を聞いていないわ」
「……有り難う」
「それだけ?」
 彼女は怒ったように言った。
「貴方はもっと、別に謝ることがあるでしょう」
「……ないな」
 平坦な声で答えた。
「お父様は、あれからまだ、眠ったまま」
 ありさは低い声でナムにだけ届くよう呟いた。
「私から何もかも奪っておいて、そんな態度をとるの?」
「キミにはこの会社があるだろう」
「……いずれ、貴方のものになるはずだった」
「興味ない」
 ありさは憎悪の瞳でナムを睨んだ。
「卑怯者」
「結構」
 おどけた調子で肩をすくめる。
「来密。この男を懲らしめなさい」
 その一言で、さっき助けてくれた男が一転して殺気を吹き上がらせ、飛びかかってきた。
 ナムは突き出された腕を捉えると、半回転して重心を低くさげ、足を地面から浮かせた。
 背負い投げのように地面に筋肉の塊を叩き付けた後、自身も重力に任せて男の喉に腕を打ち込む。

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