「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 いつもなら彼の脇をふんぞり返って歩いている小さな相棒は今日いない。
 彼なら2秒もあれば本社のネットワーク回線に侵入して警備アンドロイドの人工AIを支配下におさめることもできたろう。
 追われるのを継続するナム。
「仕方ない――」
 彼は愛用のS&W M500ハンターMRを取りだし、引っ込める。
「さすがに本社で銃は御法度か」
 常識くらいはわきまえていると、誰かに向かって独白する。
「くそ、逃げるしかないのか」
 彼の性格上、逃げることというのは拷問にも等しい行為だ。
――あれだ。
 エレベーターだ。
 サプライズは、あらゆるところに対企業テロ用の防犯対策を講じている。重い鉄の扉は鉛弾などはじき返し、一度閉まれば外部からの圧力で易々と開けることは出来ない。ちょっとしたシェルター機能を有している。
 乗り込めば、さすがに奴らも追って来れないだろう。
 ナムは全速力でエレベータへ向かった。
 チン、と開く扉。
 飛び込もうとした目の前に、ブロンド髪の女性の驚いた表情とぶつかる。
 硬直するナム。
「ありさ」
 勝手に口から目の前の女性の名がこぼれる。
 後ろから大量のアンドロイドがぶつかってきて、ナムはたちまち機械人形の山にうずもれた。
「ぐおおお」
「なにをしているの?」
 かつての恋人は、必死に抜け出そうともがくナムに向け、驚いたままの顔で声を掛けた。
「……筋トレだ」
 悲しい男のサガで答える。
 白凰路はくおうじ有紗ありさは表情を崩すと、なめらかな金髪をふわりとかきあげ、蔑んだ目で見下ろした。北欧の血が混じる蒼い瞳ブルー・アイズが、眼下で苦労するナムを捉える。
「お似合いね。下衆男」
「だから、筋トレだと言っているじゃないか」
 金属の塊は一つだけでも100kgはある。鍛えるにしては人間の限界を超えていた。
 弾力素材で出来ている事がせめてもの救いかも知れない。
「それでも限度がある」
 自分の考えにギブアップし、目の前の現サプライズ社長に声を掛ける。
「……キミとまともな格好で話がしたい」
 やはり、男のサガで「助けて」の一言は言わない。
「いいわ。来密くるみつ

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