「-HOUND DOG- #echoes.」
第一話 怪盗淑女
「とんだ古典主義かぶれだ」 「何かおかしいかね?」 真面目な表情で尋ねる部長に、ドクは慌てた様子で笑い声を引っ込めてモニタの陰に隠れる。 「それで、そのピンクとやらがその”アガメムノン”を狙っているとして、うちが何を……あ」 「察しの早い人間は嫌いではない」 カードをそのままに立ち上がる如月。 指示を与えたなら次の行動へ移る。 疾風迅雷のごときエリートサラリーマンの鏡だ。 「”アガメムノン”は本社P棟の地下施設で極秘に開発している。そこを警備してもらいたい」 「待ってください。こんなの、俺たちの出る幕じゃありませんよ」 「”アガメムノン”はわが社が力を注いでいる主力商品だ。あれを奪われると受注を見込んで投資した巨額の資金が無駄となり少なくない打撃を被る。くれぐれも頭の悪そうな女に持ち逃げされないことを祈っている」 そういうと、P棟へ地図を渡してきた。サプライズは企業部門ごとに独立して敷地が割り当てられているため、他部署の位置などどこにあるかわからない。 なおかつ、7課はその敷地からも外れた街角の適当なビルにオフィスを間借りしている体たらくだ。 渋々それを受け取るナム。 「成功を祈る」 そういうと、きっちりと直角に曲がって出口へ向かった。 「すいませーん! お茶もってきまし――たあ!!」 今頃。 声をかけようとしたとき、熱いお茶と湯飲みが宙を舞っていた。 ばしゃっ ナムとドクの顔が同じ色に染まる。 「あ、ごめんなさい! 失敗しちゃったてへ♪」 てへじゃねえよ! ナムとドクが顔で語るが気づかない。 「……92.1℃。人に出すにはもう少し冷ましたほうが良い温度だ」 如月は曇ったガラスの眼鏡をはずし、スーツのポケットから出したハンカチでふき取ると、笑顔で立っている穂ノ原を見た。 「書類が濡れなかったのでとくに被害はない」 自分自身が濡れていることには気づかないのか。 ナムとドクは如月の鈍感さに脱帽する。 「次の仕事がある。これで私は失礼する」 去り際のセリフも冷静な口調で語り、如月は全身から湯気を立てながら去っていった。 力が抜けたように机に突っ伏すナムとドク。 「どうしたんですかぁ?」 無邪気に尋ねてくる新米社員に、次の瞬間二つの方向から怒声がとんだ。 |