「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「何の話かね」
 眼鏡の奥から怜悧な瞳がナムを見据える。
「昨日の仕事の続きでしょう。新聞に逃げた動物一覧が載っていましたが」
「動物園の飼育員が何とかするだろう。我々はそんなものなどどうなろうと知ったことではない」
 ひどいな、と少し内心で憤る。逃げ出した動物が人を襲ったらどうするんだ。心ない人間が彼らを傷つけるかもしれない。
「動物など飼い慣らされた畜生だ。人がいないと生きてもいけまい」
「逃げ出したのは我々のせいです。責任の一端くらいは気にしてもいいでしょう」
「我々はボランティアではない」
 淡々と話してくる声に、苛立ちがつのる。
「国家公務員の端っこには載っています」
「私はキミと世の中の義憤について議論するつもりはない」
「動物たちを逃がしてしまったのはわたしのミスです。責任はとらせて頂きたい」
「ほう」
 眼鏡の縁がキラリと光る。
「殊勝な心がけではあるが、余計な一言だ。貴重な人材を単純労働に回せるほど有り余っていると?」
 ナムは受話器を持ち上げ、「斉藤正君を呼んでくれ」と言った。
 おっとりがたなで駆けつけてきた彼は、部長の姿を見つけるなり気ヲ付ケの姿勢をとる。
「上野動物園の逃げ出した動物たちの捜索に協力してくれるな」
 有無を言わせぬ口調での命令形。
「はい」
 泣きそうな顔になりながら部下が頷く。
「昨日の管理責任で、チームを組んだ面子を揃えて飼育員の方々と協力しろ」
「で、でも、あそこの管轄は別のチームの担当で――」
「それではそいつ等も連れていけ」
「……自分勝手な部下を持つと困る」
 如月は呟き、書類の束から一枚の用紙を取り出すと斉藤へむけた。
「その書類だ。飼育員から要請があり、他の部署へまわそうと思っていたのだが」
 しまった早とちりだ。
 ナムは冷静さに欠けた自分の頭に拳骨してやりたくなった。
「人員を割くならサインをして向かえ」
 書類を手に泣きながら走り出て行く部下に、心の中でわびを入れる。
 ゴメン。
「そろそろ本題に入らせてくれないか」
 如月は感情一つのせない声で言った。

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