「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「は、いえ、まぁ……」
 言葉を濁す。
 無機物のような感情のない瞳を向け、如月が口を開く。
「その様子では、まだまだ、と言ったところか」
「はぁ。入ってきたばかりなので落ち度ばかりが目につ――いえ、よくやってくれていますよ」
 若干引きつり気味に笑うナム。
 彼は嘘が苦手だ。
「まぁいい。セイレン君」
 モニターの壁の内側に隠れていたドクがびくりと身を震わせ、おそるおそる顔を出す。
「出てきたまえ」
 渋々デスクを乗り越えて、ドクが白衣を引きずってくる。
「何ですか?」
 子供のように頬を膨らませている。
「今日の仕事だ」
 ナムとドクがまた老けた顔つきをする。髪の毛が何本かぱさぱさ抜けた。
「部長」
 ドクが声をかける。
「何かね」
 抑揚のない声。
「我々にも休暇を下さい」
「特甲課は国の警察機構に組み込まれた半公的な組織だ。国を護るものが休みを取れば、いつ誰が犯罪から国民を守るというのかね?」
「警察だって、休みくらいありますよ」
「我々企業は日夜利益を上げることに全力を傾けている。一日人材コストを浮かせた結果、プロジェクトが遅れることになれば誰が賠償するのかね」
 むー、とむくれるドク。
 理詰めの言葉でこの人に勝とうと思ってはいけないな、とナムは思った。
「部長。しかし、我々は人です。休暇を取り、気分をリフレッシュしなければ、効率の良い仕事をすることは出来ないのではないでしょうか」
「労働基準法を持ち出してくるかね。確かにキミの言い分にも一理ある。しかし、警察機構の一部であるという認識を忘れてもらっては困る」
 笑いながらこの野郎、と思うナム。
 部下の出社状況の管理が自分に一任されていて良かったと思う。休みなしでの重労働は部下があまりに可哀想なため、ある程度ローテーションを組んで日勤や夜勤、フレックス制度や休暇届などを駆使して何とか週休1.5日程度は保持している。
 だが、代わりの人材がないナムやドクのような人間は、休みというものは七夕に書く願い事のようなものだ。
 書いたところで叶わない。
「それより仕事の話だ」
「……それで、どの動物を捕まえればいいんですか? ゾウですか? ライオンですか? フンボルトペンギンですか?」

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