「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

「俺は社員の言葉を信じる懐の深い上司だ」
「そ、それはありがたい」
「ああ」
 ナムはまたコーヒーを口に運んだ。
「……そういえば、商店街にな。今にもつぶれそうな玩具屋があるんだが」
「そ、それがどうした?」
「大穴狙いで、そこの株を買ってみてはどうだ?」
「……地元商店街のおもちゃ屋が株なんて発行しているものか」
 僅かに余裕を取り戻してドクが答える。
「なんでだ?」
「株式会社でも株を公開してなければ一般トレーダーには手が出せない。小さな会社は他の人間が自社の経営に口を出すことをおそれ、株を市場へ公開などせんのだ。そんな知識もないのか?」
「へいへい。そーなんざんすか」
「常識だ」
 鼻息をあげて自慢している同僚から目を離し、新聞へと戻す。
「……ほどほどにしとけよ」
「わ、わかっている!」
 そそくさとモニタの壁に身を隠したドクは、また中毒となっている日替わり株取引デイトレードを再開する。すべてのモニタには、折れ線グラフやデータやが所狭しと並んでいる。
 パチ。パチ。パチ。とマウスでクリック。
「ぐわー!! 20万損したー!!」
 今日も平和だ、とナムは思った。コーヒーが旨い。
「課長!!」
 部屋の扉を開けて、女性が飛び込んでくる。
「すごいじゃないですか! また凶悪犯を捕まえたんですね!!」
 喜色満面の笑みで飛び込んできた女性社員は足元に張られたケーブルを蹴飛ばした。
 ブツン、とドクの周りのモニタが一斉に暗闇に切り替わる。
 ブ!と噴き出し、椅子を傾け倒れていくドク。
「うぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
 長い悲鳴が狭い部屋にこだまする。
「何かあったんですか?」
 女性はきれいに整ったセミロングの髪を揺らせながら、床で伸びているドクを机越しに見下ろした。
「……株が……データが……」
 彼女にとって意味の分からない言葉を無念そうに唱えている。
「何のようだ。穂ノ原君」
 そちらのほうを見向きもせずに、ナムは自課の新米社員に尋ねた。
「俺たちは忙しい身なのだよ。早く用件を言い給え」
「全然忙しそうに見えません」
 はっきりという笑顔に、ナムはため息をついて新聞を閉じた。

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