「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

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 西新宿にあるオフィスの5階。そこが六道南無のアジトだった。
 いつものようにコクヨのデスクに置かれた新聞を手にとると、ぎしりとここ一年ほど座り慣れた椅子に背を預ける。
 今にも折れそうな感触だが、根気よくまだ耐えてくれている。この背もたれがポキリと折れたら、新品の申請許可が下りるため、どこまでいけるかタイマン勝負を実施中だ。
 新聞の一面記事には、昨日の惨事が大々的に載っていた。
『凶悪脱獄犯 特甲課により逮捕! 逃げ出した檻の中の動物たち未だ逃走中!!』
 ふぅ。
 息を吐く。
 今度の仕事は骨が折れそうだ。
 琥珀色の液体が静かに波打つマグカップを手に取り、香ばしい匂いで鼻をくすぐったあと、口を付ける。行きつけの喫茶店からおろしたての豆は、そんじょそこらのインスタントコーヒーとは値の違う深い味わいを与えてくれる。
 カタタッ、カタタタタ
 新聞から目を離し、少し離れた机の上でキーボードを叩いている同僚を見る。金髪で紅顔、右と左の目の色が異なるオッドアイ。青と赤という『行け』と『止まれ』の矛盾した色を持つ同僚は、なんと見かけ10歳にも満たない子供だった。
 だが、社の中で彼の本当の年齢を知るものは誰もいない。
 本人曰く、”ホムンクルス”と呼ばれる人種・・、なのだそうだ。
「なぁ、ドク」
 幾つものキーボードをまるで何かの競技のように叩き回りながら、ドクは顔をも上げず五つもあるモニターを睨みながら返事をする。
「なんだ」
 声まで子供だ。
「何を見ているんだ?」
「全部だ」
「全部の具体的な説明を求めたんだが」
「現在は情報化社会だからな。一つとしてとどまっている情報など存在しない。一分一秒すら情報は緻密に変化し、複合的かつ多角的な角度から検証され絶えず更新されている。それらの一つを”どれか”と定義するのは不可能だ」
「今はなにが買い時だ?」
「そうだな。Dzoid産業がやはり堅調だ。買うなら”楢崎工業”がいい。最近大幅に利益を上方修正した”ブルドッグ”も捨てがたい。建設業などもいいかもな。最近Dzoidを用いた公共物の破壊犯罪が増えて需要が割り増しだ。壊れたものを修理するには材料がいることを考えれば、セメント会社や木材販売の会社も気になる。今朝は朝から日経平均株価が右肩上がりでな。デイトレーダーとしては一分一秒も気が抜けない――」
 キーボードを打つ手が固まる。
 ナムは同僚のほうへ変わらず目を向けている。
「……株など、やっていない」
 目をそらしながらドクは答えた。

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