「二二拍手 巻之二」

第一話 出会いは突然に

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「まったく金剛さまときたら」
 一升(いっしょう)びんをかかえ、轟あえかはひとりごちる。
 はきなれたジーンズと、白地のオーバーブラウス。おでかけ用の服装である。
「いつもいつも調理酒までカラにするなんて、あれでほんとに仏門のかたなのかしら」
 僧は一般に飲酒を禁止されている。
 酒は人心をまどわせ、無意識に悪にみちびく糧であるからだ。
 もっとも金剛はすでに戒律をやぶった”破戒僧(はかいそう)”であるがゆえに、そこに頓着(とんちゃく)する身分ではない。
 どこの教派にも属さず、おのれの思うところによりて信仰をなす。
 破戒僧とはいえ、不動金剛明王の力を顕現者である事実は、はからずも教派だけが信仰のすべてではないことを裏づける証明ともなっている。
 それでも、酒をのみすぎるというのは、健康的にも、金銭的にも非常によくないことなのだ。
 だいたい、お酒の代金はすべて自分もちである。
 酒代くらい調達してもらわないと。
「あっ、と……いけない」
 とおり過ぎそうになって、あえかはいかめしくそびえ立つ武者鎧に足をとめた。
 暗い店内にものおじせず入りこむと、奥にむけて声をあげる。
「”舞姫”、まいりました」
 冷房もついてないのにひやりとした室温。
 一升瓶を床におき、店主がでてくるのを待つ。
 陳列された有象無象の品々から(かも)しだされる濃密な気配。形代(かたしろ)であるものたちから無意識に視線を感じる。
 不愉快な汗がひいていく。
 コンビニやスーパーより涼しいんじゃないかしら。と思う。
 しばらくすると、眉ねをよせた気むずかしい顔の店主が奥からでてきた。
「昨日使いをよこしたのですが、引きとれなかったと伺いまして」
 礼儀ただしく挨拶をしたあと、さっそく切りだす。
「例の鏡、お引きとりいたします」
 むすっ、とした老年の店主はあえかを一瞥(いちべつ)しただけで、座敷前のカウンターまで歩いてくると、(きり)の箱から台帳をとりだした。
 ルーペを手にとるや、台帳にかざしてながめはじめる。
「あの……」
 無視されている。
 苦手だやっぱり。
 この愛想のなさには閉口する。
「……昨日、きたのか」
 嘆息しかけたところで、おどろいて息をのみこむ。
「は、はい。てっきりご隠居さまが追いかえされたものかと――」
「ふん」



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