「二二拍手 巻之二」

第一話 出会いは突然に

「ええ。私も”総社”への回答をなるべく引き延ばします。そのあいだ、あなたは春日君を夫たるべきか品さだめをなさい」
「……変わることはないと思いますが?」
「それでも」
 あえかは幸せな顔してどくどくと大量の血液を流しまくる日和に目を落とす。
「あなたの目で見、肌で感じて、判断なさい」
「はだ」
 ぶほっ。
 放流がとめどない。
「わかりました」
 音もたてずに立ち上がると、香月は倒れこむ日和に目を落とし、それから静かになったみすずに向けた。
「”舞姫”様がおっしゃるなら、従いましょう」
 本日はこれにて、と優雅(ゆうが)に一礼し、道場をあとにした。
 それから稽古をしたはずだが、記憶がない。
 家に帰って、布団に入り、朝起きると昨日のことが夢ではなかろうかとほほをつねる。
 痛い。
 うむ。現実。
 これがあれか。噂にきく許嫁(いいなづけ)ってヤツか。
 朝からうき足立っているわけである。
 しかし思いかえせば大きな後悔もあるわけで。
 逃した獲物はおおきいと、有名なバス釣り名人も言っていた。
『この大海原……無限につづく大洋には、おれに釣られたがっている魚類はごまんといるのさ』
 サングラスして若作りしたいいオッサンが、カラの釣り針をぽつねんと眺めていたあのときの気持ち、今ならわかる気がする。
 オレはくじらを釣り上げたかったのさ。轟あえかという、世にもたぐいまれなシロナガスクジラを。
 このままあきらめていいのか?
 否!
 断じて否!
 これまで投げ飛ばされて蹴り倒されて張り倒されきた苦難の日々。なん
のために耐えてきたというのか!? 手をのばせばとどく位置にある宝を手に入れるための努力を無に帰するというのか! オレの決意はそこでゆらぐようなものであったのか!
 ……ゆらいでいるから困ってんだよな。
 ぶつぶつつぶやきながらも、思春期のなやみ真っ最中の一五歳であった。




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