「二二拍手 巻之二」

第一話 出会いは突然に

 地に触れそうなまでに長い黒髪は、息をのむほどにつややかで、時折たわむれのように流線の輝きを放つ。整いすぎた表情は現実実のない美しさで、ここではないどこか別の世界からきたといわれたなら、さもありなんと納得してしまう。
 時がつなぎ止められたかのように、しばらくオレは暑さを忘れた。
 どれだけ経っただろう。

 ――ン……ミー…ーン――みーん

みんみんみーんッ

ミーンッ



 セミのなき声がぶり返してきて、あわてて我にかえる。
 しまった、また暑さで正気をうしなったか。
 いるはずがないものを見てしまう性分にも困ったモン――
「…………」
 涼しげなまなざし。
 先ほどと寸分たがわずこのオレをご覧になってらっしゃる。
 地縛霊でしたよHAHAHA!
 とか笑って弓杜(ゆみもり)ジョークで流すつもりだったのに!
 やばい。
 照れるじゃないか。
 こんなに長いあいだ、女の子に見つめられたのは生まれてこのかた人生初ではなかろうか。
 おもいきって声でもかけてみるか!
「あの〜、こんなへんぴな神社になにかご用がおありでしょうか?」
 ずいぶんへりくだった言い方になってしまったが、まぁ相手はお嬢様だしな。
 こんなもんだろ。
 …………。
「あの? もしもし?」
 まるで気のまよいだったかのように。
 くるりと背をむけ、コツコツと階段をあがっていく美少女。
 置いてかれるオレ。
 なんなの?
 期待して損したぶん落ちこみようは急転直下。
 暑さが余計に身にしみる。
 ふくれっつらで階段をあがろうとして、オレははたと気づいてしまう。
 三次元空間におけるX軸とY軸とZ軸の関係だ。
 Z軸は奥行き、つまり彼女とオレの距離。
 X軸は階段。つまりここでは神社までのぼる一本道。
 Y軸。いわゆる高さ。
 彼女の位置はオレより上で、それを追うようにオレがのぼると仮定した場合、みちびきだされる答えは犯してはならぬ禁断の罪。
 オレに創世記のアダムになれというのか。
 よし、なろう。



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