「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

「フッ!」
 さきほどより数段早く片足を振り上げる。
 細腕を掲げたあえかに、溝口は目を細めた。
 上段を描く軌道が残像のようにかき消え、中段へと切り替わる。
 あえかは驚きの表情を浮かべ、フェイントに対応しようと防御が崩れる。
(甘い)
 さらに下段。
 多段式のフェイントはあえかを捉えるかと思えた。
「!」
 あえかの腕がしっかりと溝口の足を掴んでいる。
「人の身にしてはやる」
「――おおおおおおぉ!!」
 溝口は腹の底から声を絞り、たった五本の指に掴まれた足首をふりほどこうとする。
 あえかが腕を放した。
 顔をしかめ、降りた片足がふらつく。
「容赦がないな」
 折れている。
「これではまともに闘えない」
「腕が動くじゃろう?」
「なるほど」
 あえかの言葉に両手を見下ろし、彼は地面に手をついた。
 残った片足がまさかりのように振り降ろす。
 あえかはすね(・・)へ拳をぶつけた。
「ぐッ……」
 地に足を付けた溝口は滑ったように尻餅をつく。
 両足を潰され、諦観した笑みを浮かべる。
「やれやれ。これまでか」
 体から力を抜くと、足の軸を固定して気力だけで立ち上がる。
「ほほう。まだ立てるか。よしでは」
「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな」
 静かに聖句を口にする。
 あえかが眉をひそめた。
「かつてありし、今ありし、のちの世に来たもう我が神に捧ぐ」
 神父は手刀を構えると、自分の左胸に向け一気に刺し貫いた。
 全員が目を剥く。
「神よ。禁忌を破りし我に最後の祝福をお与えください」
 大量の血とともに抜き出された手の中には、どくん、どくんと波打つ心臓が握られている。
「何を――」
 ズボンのポケットから取り出したガラス感を押し込む。まるで粘土細工のように、たやすく呑み込まれる細い管。



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