「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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 いつか来たことのある建物を、美鈴は驚きとともに見上げた。
 月代高校旧校舎。
 中へと入っていく神父の背中へ走って追いつく。神父は昨日の一件以来、一言も話さず美鈴を連れ回していた。とくにどこに行くともなく、あてもなく町を彷徨っていたように思う。たまに美鈴に気づいて声をかけてくる者もいたが、一言二言、神父が口にすると何もないようにふらふらと立ち去っていった。
 どこか暗い場所で眠ったような気がする。
 旧校舎はこの前訪れたように陰気で、昼だというのに暗い影を所々に落としていた。
――そういえば。
 美鈴は気づいた。
 ここには、溝口先生が居着いていたはずだ。人呼んで、”旧校舎の妖怪おどろ”。普段頼りないものの、今はその存在が唯一の頼みの綱だった。
 隙を見て、先生のところへ逃げ込んで――
 神父は『宿直室』とある部屋へと足を踏み入れた。
 コンビニで買ったらしき弁当箱や、つぶれた缶ビール(空き缶)、ウイスキーのボトル、男物の下着などがざっくばらんに散らかってゴミ捨て場のような様相だ。潔癖そうな目の前の人物からは、想像もつかないような有様だった。男の人の部屋というのは、みんなこんなものなのだろうか。
「座れ」
 言われたものの、どこに座ればいいか分からなかった。
 神父は気にせずに帽子をはずし、壁にとりつけてあるフックにかける。
 神父服を脱ぐと、数カ所あるホックを外し、裏返しにしてバサリ、と真逆の色を纏う。
「あっ」
 ポケットに入れていた眼鏡を取り出すと、耳にかけてぐいと指で持ち上げた。
 溝口おどろは空き缶の中にさしておいた大麻の巻き煙草を手に取ると、口にくわえた。
「なんで……せんせい……」
 ライターで火を付け、煙を吸うと、幾分気が楽になる。
「先生だから、なんだ?」
 大麻煙草にくわえたまま、溝口は美鈴に向けて口を開いた。
「おなじ人間だ。おまえや春日と同じ、もろく移ろう人の身だ」
 定位置である万年布団の上にあぐらをかくと、茫洋とした目を自分のクラスの生徒に向ける。
「闇黄泉の神父は、俺の裏の顔だ」
 彼は特に感慨もなく、少女に告げた。
 美鈴は信じていた担任にまで裏切られたことを知り、すとんとくずおれた。
「腹が減っただろう。何か食うか」
 溝口はゴミ溜を漁って缶詰を見つけると、賞味期限の切れていないことを確かめ、美鈴に向けて放った。
「パキ」と転がっていたコンビニのプラスティック容器をへこませ、バウンドした缶詰が転がってくる。



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