「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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 鳥居をくぐるなり、あえかは張っておいた結界が破られていることに気づいた。
 金剛と大沢木を置き去りにし、境内を走り抜け、本殿には向かわず、目的の場所へおもむく。
 鎮守の杜の奥へ向かった彼女は、”鏡呪の祠”に広がる惨状に息を呑んだ。樹齢百年を経たいくつかの木が真っ二つに裂け、黒こげになって横たわっている。
 十中八九当たるであろう想像の僅かな可能性に賭け、洞窟の奥へと向かう。
 果たして彼女は、奥に安置してあるはずの鏡が失くなっていることに気づき、思わず卒倒しそうになった。
「……やられました」
 洞窟から出てきたあえかは、出口で待っていた金剛と大沢木に呆然と語った。
「やられた?」
「御神体が奪われたのか!」
 金剛に力ない眼差しを向け、少し黙考した後、あえかは「はい」と頷いた。
「なんということだ!」
 応急手当でティッシュを二つの耳と鼻に突っ込んだ金剛は、頭を抱えて悶えた。
「大事なモンなのか?」
 横で不気味な踊りを踊っている金剛を無視して、大沢木が尋ねる。
「はい。……あれは、外に出てはならないもの。余人が手にしてはならない禁忌のモノです」
「御神体というのはな、その神社の宝だ。熱田(あつた)神宮の草薙の剣。出雲大社の大洋の貝、三輪山を奉る大神(おおみわ)神社、那智滝を奉る那智(なち)大社。すべて、神の依り代となるほどの霊力が込められた宝とされる」
「山と滝だぁ? そんなものどうやって持ち出すんだよ」
「持ち出すことなどできんわい。そういった地に根付いた御霊代(みたましろ)ならのう。じゃが、鏡や玉や剣なら持ち出せる。違うか、”舞姫”」
「金剛様のおっしゃるとおりです」
 あえかは青ざめた顔で焦げ付いた木に手をついた。
「……一刻も早く、取り戻さないと」
「あの鏡が、ここの御神体だったってのか?」
 大沢木が尋ねると、金剛が口を開いた。
「御神体は普通神主ですら直に見られぬものじゃぞ? 何故、オヌシが知っておる?」
「それは――」
 あえかは目を泳がせる。珍しいことがあるものだ。
「あっ!!」
 声を上げる。
「どうしたのです! 春日君!!」
「……ししょー」
 ずぶ濡れの姿で、森の奥から歩いてきた日和は、三人の前でぱたりと倒れた。
「も、もう、水飲めねーっす」



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