「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

 地に引きずりそうなほどの長い髪を揺らし、切れ長の冷たい目をした瞳が東を捉える。
「青龍!」
 東は自分が喚びだした式神を喚んだ。
「貴女に勝ち目はない。僕は青龍を喚んだ」
「正龍。我が家紋を汚せし者。龍は汝を主と認めぬ」
「強がりを。いくら姉さんでも僕が召喚した」
 青龍は敵意に満ちた眼差しを向けた。
 睨まれた東は、思わず息を呑む。
「宿世より逃げた者に、青龍は力を貸さぬ」
 長い胴体に手をやった美女は、淡く輝く鱗に細い指を滑らせる。
「逝け」
 短い呟きとともに、巨体が召喚主に向けて顎をひらいて襲いかかった。
 東には防ぐ手立てがない。
 巨大な顎は東の胴体に食らいつくと、噛みきらずに宙へ持ち上げた。叫び声に一切耳を貸さず、長い尾を引いて風を巻き起こしながら、幾星霜の彼方へと連れ去ってゆく。
 女が空を見上げた。
 その頬に、空から雫が落ちてくる。それはつぅ…と赤い筋を引いた。
 そして、胴。
 腕。
 足。
 臓物。
 最後に、頭が落ちてくる。
 バラバラになった弟に、姉と呼ばれた女は、すでに事切れた頭を見下ろした。
「……私の可愛い龍」
 赤く染まった青い着物の袖で、地面に転がった亡骸に手を伸ばす。
「馬鹿なことを――」
「終わったのですね」
 その後ろから、轟あえかが声をかけた。
「はい」
 悟られぬように顔を伏せ、正龍の姉は答えた。
「彼は相手の組織について深く知っている可能性があります。亡骸を譲り受けても、宜しいですか?」
 あえかは出来るだけ事務的な口調で言った。”総社”の判断とは言え、肉親に手をかけることは間違っていると、彼女は思う。
 沈黙が返ってきた。
 あえかは待った。
「――それはないな」
 返ってきた声は、思わぬ者からだった。
「な――」
 頭だけの東青龍が目を開き、二人の”総社”を見上げてくる。
「僕は僕の正義に従った。自分が正しいと思うことを選んだ。後悔など微塵もしていない」



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