「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

「我乞ひ願ふ。野の茅命(あざな)はる真草の綱よいらえ給へ」
 伸びてきたツタに、黒虎の足が絡め取られる。
「グオォ!」憤りを露わにし、黒虎が吠える。
 東は式神から飛び降りた。
 ツタは黒虎をするすると巻き込み、際限なく締め上げて最後に首を胴から切り離してしまった。
 東の前には、さっきの女が愁いを帯びた眼差しで自分を見ている。
「――追い詰めたと、思っただろ」
 東は不遜に嗤った。
 手持ちの式符をすべて取り出し、宙へと投げ散らす。
「招来せよ。我汝の盟主にして手綱とるもの。ちはやぶる風神の化身にして、東の守護者」
 風が渦を巻く。
 渦巻いた風は鎌鼬(かまいたち)のように周りの草をなぎ、やがて天をつくまでに伸びた。
 辺りの水が吹き荒れる風に呑み込まれ、東が投げた式符も巨大な竜巻の中へとたやすく吸い込まれていく。
 竜巻から雷光が弾ける。
 一対の眼が生まれた。竜巻がとぐろを巻き、ぬめる鱗が蒼く輝いた。尖った顎がひらくと真っ赤な口腔が獲物を求め、万民を畏怖させる咆吼を轟かせた。
 四神に数えられる最強の聖獣。
「青龍!?」
「忘れたのかい? 僕はその嫡男だ」
 驚きの声を上げる巫女に、東正龍は自ら使役する究極の式神に命令を下す。
「行け!」
 巨大な胴体を長くくねらせ、風を突き破り押し寄せてくる聖獣に、巫女は手持ちの札を投げ捨てた。
「我乞ひ願ふ。高天原の荒御霊――きゃぁ!!」
 紙一重で躱したものの、圧倒的な重量が巻き起こす突風に、軽い身体は巻き込まれて宙を舞った。
 きりもみしながら近くの水田へ落下する。
 喚び出した東さえも感嘆し、軽く口笛を吹いた。
「なるほど。さすがは”禁術”の威力だ」
 墜落してバラバラになるはずの追手に目を移すと、東は表情を変えた。
 なよやかな風が地表へつく寸前、その身体をふわりと巻き上げ、近くのあぜ道へと横たえた。
「禁を破りし、愚かなる血族」
 橋を渡ってきた、鮮烈な青の衣装を着た人影が、赤い口紅をつけた唇で告げた。
 東は緊張した面持ちで新たに現われた人影を凝視する。
 雲を模した金箔で彩られた狩衣が月の光に照らされ、輝きに彩られた。
「姉さん」
「道を違えた者にもはやその言の葉は届かぬ」



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