「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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 バシャッ――

 覚悟していたほどの衝撃はなかった。
 ぬかるんだ地面に手をつく。
 どうやら水田のなかへと転移したらしい。”変形兎歩”は、なんとか成功したようだ。まとわりついた虫や草を振り払い、泥水にまみれた身体で起き上がる。
(出来れば、奴らの結果の外であればいいが――)
「――根堅州國の母神禊ぎし八の雷神に奉る。神鳴る裁きの黒き輪を」
 飛んできた札に機敏に反応し、残り少ない式符を差し向けた。
「厭悪鬼符!」
 飛ばした札が相手の符に当てられ燃えあがったのを見て、東は身を避けるため地面を蹴った。
 ぐにゃりとぬかるみにはまり、泥水の中に倒れる。
 神札は頭上を通過し、田に張られた水の上に落ちる。落ちた場所から右へ左へ炎が伸び、彼を取り囲むように弧を描いた。
 水田の中に紅蓮に燃え盛る柵が出来上がる。
「そこまでです」
 川にかかる短い『墨子橋』の欄干に、夜の月に映える朱袴と千早を纏った美女が立っている。
「――失敗、か」
 東は呟いた。
「我らの”仇狩り”より逃れる(すべ)などありません。大人しく縛につきなさい。悪いようには致しません」
「――”総社”の拷問は酷だからね」
 東は泥まみれとなった身体を気にせず立ち上がり、橋の上から見下ろしてくる追手を見上げた。
「口寄せという術もある。死して尚鞭打たれた楚王より非道い仕打ちだ」
「我らは護国の者。必要であればそうするかも知れません。その後は、手厚く葬りましょう」
「死者を冒涜してその傲慢。そういうところが嫌いなのさ」
 手を振ると、一本の針が(くう)を貫いて追手へと飛んだ。
 巫女はふわりと欄干から飛び降りると、足元の川面にせりでた岩に足をつき、水面を駆け抜けた。
 東は手持ちの護符から一枚を取り出すと、炎壁の一角へと投げつけた。燃え尽きるかに見えた護符は、突如激烈な突風で炎を退け、瞬間的な出口をつくり出す。
 僅かに身を焦がせながら、炎の障壁をくぐり抜ける。
「我勧請す! 盲目なる迷企羅(めきら)!」
 投げた式符が黒い虎に化けると、東を背に乗せ短い足で地を蹴りつけた。
 一足飛びに水田から平坦なあぜ道へ飛び出る。



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