「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

 東はゆらりと立ち上がった。
「そんな――」
「正龍様の足が――」
「悪く思うな」
 東は鋭く手を振った。
 二人の陰陽死が眉間を太い針で貫かれ、他愛なく絶命する。
「なんだ、立てるじゃねえか」
 大沢木は嗤った。
「これが、僕が得た代償さ。あの方に、最後の願いを叶えてもらった」
 東は十数本の針を手に広げ、大沢木に投げつけた。
 そのすべてを見切る大沢木。
 その隙に呪言を唱える東。
「我勧請す。盲目なる迷企羅(めきら)――這い寄る宗藍羅(さんちら)」
 落とした式符から、黒い巨体を短い足で支える虎が現われた。虚空へと投げた式符からは、長く弧を描く翼の生えた黒蛇が現われる。
「喰らえ」
 声をかけると、影絵のような二匹の獣は滑るように大沢木へと近づいた。
 大沢木は後ろに下がると、暗闇と同化するように気配を消した。
 その奥から、金色に光り輝く体がせり出してくる。
「ふんぬぅ!!」
 突進してきた鼻先を高質化した腕で押しとどめ、禿頭の坊主が力を込める。
 巨虎が吠えた。
 耳鼻を振るわせ、辺りの民家の窓ガラスが立て続けに砕け散る。坊主の耳と鼻から、赤い血がだらりとこぼれた。
 仁王のごとき怒相でつるりと禿げあがった頭を黒虎の鼻先に叩き降ろす。のっぺりとした黒い闇が大きくへこんだ。
 注意の欠けたその背中へ、宙を這い回る蛇が忍び寄る。バチ、とその頭先に金色の光が弾けた。
 筋骨隆々に膨れあがった破戒僧の背に人影が足をかけ宙へと踊る。
「おらよォ!」
 かけ声とともに光の弾けた場所へ大沢木は拳を撃ちこむ。耳障りな叫び声を上げ、黒蛇は八の字に蛇行し地上へと落ちてきた。
 ヒュン、と爪を一振りし、長い躯を寸断する。
「遠当ての摩尼羅(あじら)――凪る安陀羅(あんちら)
 その間も、正龍は休まず式神を召喚した。
「どん欲なる和耆羅(ばさら)――問わぬ因特羅(いんだら)
 最後の獣を呼び出す。
 これで完成だ。
「退ける婆耶羅(はいら)――式符兎歩」
 北斗を司る七匹目の式神の召還とともに、東の姿がかき消えた。




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