「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

 東は何もしなかった。
(……追い込まれている)
 いつの間にか、逃げている範囲が狭まっていることに気づいていた。
 ある一定の場所を通ると、いつの間にか見慣れた景色を走らされている。間違いなく、結界の作用だった。
 それでも何度脱出を図ったか知れない。
 並の人間ならヤケになり、一般人の一人や二人――あるいは目につく者を片っ端から手にかけるほどの施行と結末の繰り返しだった。その間、”総社”の攻撃がいつくるとも知れない。極度の緊張とプレッシャーの中。
 東は慌てることはなく、冷静に状況を分析していた。
 焦りは死を招く。
 追われているものは、追う者よりも冷静でなければならない。
 そうでなければ、寝首はかけない。
 兵法というものを、彼は心得ていた。
 それら皮肉にも、今敵に回った青龍家によって叩き込まれた学問だった。
 また二人。
 蒼い薄衣を纏った陰陽師。
 青龍家の人間だ。
 東は式符を構えた。
「よぉ」
 隣から声がした。
 暗闇に赤い眼が、自分と反対側の”青道”の肩に乗っている。
「昨日は世話になったな」
 東は式符を投げつけた。
「我勧請す! 神砕く顎もつ破敵の剣――」
 式符が捉えるより早く、赤い眼の影は式鬼の頭を掴んでひねった。ぐるりと回転し、顔の向きが逆になる。
 耐えようのない痛みに式鬼が雄叫びを上げ、でたらめに手足を振り回した。東の放った式符はひねりきられた頭へ飛来し、鋭い牙でまるごと囓りとる。
 巨体は考える脳を失い前のめりに倒れた。
「ちく――」
 東は地面へと投げ出される。
 赤い眼は足音も立てず、地面に着地した。学生服のポケットに手を突っ込んで凶暴な笑みを浮かべた。
「昨日の借りには、足りねえな」
「――大沢木」
 見上げた東は低く呟いた。
「へぇ、覚えてくれたのか。優秀生徒さんよ」
 青龍家の人間がその脇を固める。
「あとは我らにお任せを」
「――仕方がない」



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