「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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 田舎の夜は静かだ。
 ほとんどの店は19:00にもなれば早々に店を閉じ、シャッターを閉めて灯りは極端に少なくなる。夜の客相手の食事処や飲み屋、専門商売の店だけがぽつぽつと頼りない灯りを投げかけるばかりである。
 国道沿いに広がる田や畑は濃密な夜の影に覆われ、帰りを急ぐドライバーたちが列を成している。植えたばかりで幹の短い稲は子供のようにちんまりとした緑の葉を掲げ、いずれ来る収穫に備えて眠りについている。足元にはアメンボやオタマジャクシが我が物顔で泳ぎ、蛙が元気にオンチな歌を繰り返す。
 黄色い灯りをこぼれさせる家々からは、夕食時の香りに包まれている。仕事を終え、くつろぐ食卓には談笑が広がり、元気そうにはしゃぐ子供はテレビに映ったアニメを見てよりいっそうにさわぎはじめた。チャンネルを変えるに変えられない父親は、苦笑いを浮かべつつも幸せをかみしめ、リモコンを置いて外に目を向けた。
 そこを、巨大な影が走り抜けた。
「”青道”、右だ」
 東正龍は自らの式神の肩に乗り、的確な道を示した。彼の操る式鬼は一匹ではない。中には、足の速さが自慢の奴もいる。
 彼は追われていた。その理由は明確だ。それも、覚悟のうちであった。
「”総社”め」
 東は歯噛みした。これほど事が露見するのが早いとは思わなかった。それもこれも、あのクソ女を始末し損ねたせいだ。
 そうなれば、自分がおとりなどと云う惨めな役を踏まずに済んだはずなのだ。
 一日を終えた町を駆けぬけていく一陣の風に、飼い犬の散歩にでかけた町の人が突風でも吹いたのかと驚きの表情を浮かべて首を巡らす。だがその頃には、東はすでに見えない位置まで走り去っている。
「!」
 塀の影から薄青色絹衣を羽織った人影が二人。
 式符を構えると、東に向けて放ってきた。
 東も学生服の内から符を取り出し応戦する。
「厭悪鬼符!」
 投げつけた2枚の札は、相手の放った札から生まれかけていた二匹の鬼を呑み込み、現世への勧請を阻止することに成功する。
「思った通りか」
 東は皮肉に笑った。
 殺す気だ。
 わかりきったことではあるが。
 ”総社”という組織に踊らされる青龍家の人間が哀れに思えた。
 自らの手札を無効化させられた陰陽師が露骨な畏れを顔に浮かべ、迫ってくる鬼に悲鳴を上げる。
 その脇を、式鬼は駆け抜けた。



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